とんぼ玉作家ガラスのさかなの「タワゴト日記」

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花火を見に・・・・・・

 8月19日(土)は、地元のお祭りの花火の日でした。

 去年は、母が入院、父が、ロングショートで少し遠方の介護施設だったため、見に行こうかどうか決めかねて、でも、やっぱり家から歩き始めて、花火が上がり始めた時に到達できた場所で見ることにしたのでした。
 結局、毎年見る公園(立ち入り可能な場所の内、打ち上げ場所から一番近い所)に、打ち上げ時間までに着いてしまったので、そこから、一人、花火を見たのでした。
 2年前は、私と父が徒歩で、母はアシスト三輪で、その公園まで出かけて、見ました。
 それ以前は、父は、祖母の介護をしていたため、祖母を残して家を出ることができず(物理的にというより、心理的にかな)花火には、ほとんど行ってなかったのです。

 去年、一人で花火を見ながら、「ああ、去年が、両親と花火を見た、最後の年になったんやなあ」って、思いました。

 さて。
 今年ですが。

 花火を見に行きました。
 母を連れて。
 介護施設へ。
 ↑その日は、透析日だったので、介護施設には、もともといかない日だったんです

 花火は、介護施設の前から見ました。
 両親と。
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 介護施設は、いつもの公園ほど至近距離じゃないけど、結構近いんです。
 裏の竹やぶがあるので、竹やぶから離れた場所を探したら、ここでした。
 ちょうど、施設の建物の上に上がるみたいに見えてます。
 二人とも車椅子なので、これだけ近いと安心。

 最後やなかったな、2年前。
 でも、この先のことは分かりませんが。
 何につけ、そうですが。

 ただ、この瞬間があることが、小さな幸せやなあと思いました。

 花火の前には、ケアマネさんちのチビッ子たちがやって来て、子供好きの父は、嬉しそうに様子を見ていました。
 それも小さな幸せですね。


 そうそう。
 話は、少し遡って。
 花火見物大作戦決行の日。
 工房で仕事をしていたのですが、午後4時ごろ、つい10分ほど、椅子に座って居眠りしまして。
 頭の上に、かすかな暑さを感じで目を覚ましまして。
 エアコンつけてたのに、天井が太陽光で熱せられて、輻射熱が来てるんですね。
 嫌な感じがして、立ち上がったら、眩暈で、まっすぐ歩けず。
 慌てて、強い方のエアコンのフラップを下向きにして、風量強で、温度を低く設定して、その下で冷風を浴びつつ、すぐ前にある冷蔵庫からOS-1を出して飲み、冷凍庫から大きなペットボトルを凍らせたものを出して、首回りを冷やし。
 スマホで、熱中症の対処法を検索。
 熱中症の初期でした。
 フラフラして、椅子から立ち上がれませんでした。
 これがひどくなると、一時的に気を失うんですって。
 この対処法で、改善が見られなければ医療機関へと、書かれている。
 う~。
 花火。(TT)

 まあ、何とか花火には行けました。

 が、今朝。
 やっぱり、頭の働きが、100%じゃない。
 全身、どことなくだるい。
 後遺症ですね。
 これは、無理せず改善を待つしかない。
 今日、母は、介護施設には行かない日だったのですが。
 急きょ、午後から夜まで預かってもらうことにしまして。
 送って行きました。
 母を、施設に預け、父の様子を見た後、施設の玄関を出ました。

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 歯ブラシと、コップ他。
 何か、夏~って感じで。
 いやきっと、冬だって、こうするんだろう。

 ああ、良い施設を選んだなあと、この光景を見て思った。

 と、不注意による、熱中症初期なんかもありつつ。

 花火の後の、父の顔を思い出して、ああ良かったって、思った。

 あ、だるさなどは、だいぶ良くなりました。
 でも、明日の朝は、急きょ、施設の人が早めにお迎えに来て下さることになったので、母は、施設で朝ご飯を食べてくれます。
 明日の私の朝ごはんは、手抜きの目玉焼きの予定です。


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# by glass-fish | 2017-08-20 23:08 | その他のタワゴト

さよなら、インテグラ・・・・・・

 何か、SF小説みたいなタイトルじゃないですか?

 って言っている場合ではない。
 酸素ジェネレーター「インテグラ」が、ダメになりました。

 メインのチャンバーの寿命化に見えた、インテグラの不調でしたが。
 空気漏れに気づき。
 酸素漏れの原因になっている酸素濃度を測るための部品らしいところを通さずに、直結したら、動きだした。

 やった!解決!
 と思って、使い出したら、やっぱり、けっこうな頻度で止まる。

 結論としては。
 空気漏れは、多分、ずいぶん前から起こっていたんだろう。
 性能が落ちた感じがすると、弟も言っていたので、一年前にはすでに起こっていたことになる。
 結局、チャンバーの寿命で、不調になったのをきっかけに、いろいろ見ていると、空気の漏れにも気づいたってことで。
 空気の漏れは、プラスチック部品の劣化が原因だろう。
 その箇所だけでなく、あちこち、劣化に気づく。
 その本体に対して、チャンバー交換をするべきかどうか?

 結論。
 さよなら、インテグラ・・・・・・今までありがとう。

 で、どうする?
 まあ、決めてありましたとも。
 空気漏れに気づいた時から。

 国産のアルティマ2の新品の購入!
 もう、A3さんに、注文しました。

 ジェネレーターも、リビルト品の場合、どうしても、プラスチック部分の劣化が原因の不調が起こりがち。
 さらに、海外の物だと、例えば、サマーバケーションに入った時に不調になると、サマーバケーションが済んでからの注文、その上、海外からやって来て、通関に時間がかかり。
 その間、酸素ボンベでつなぐのって、結構痛いねん!

 まだまだ、これから本気で働くしさ。
 新品に、頑張って働いてもらおうと思うねん。

 で、今日、空っぽになった、酸素ボンベの交換の電話をしました。
 次の、すみとさんの締め切りまで、一か月を切りまして。

 早く来ないかな。
 新しいジェネレーター。

 いた。
 ↑フトコロが(TT)


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# by glass-fish | 2017-08-18 23:54 | とんぼ玉・ガラス

見つけてしまうと、怒りが湧いてくるのだった・・・・・(TT)

 先日、テレビでやっていた本を検索した。
 調理法で、9割の栄養が捨てられているだかの内容で。
 あ、これ、買うの忘れてました。

 その本を探した流れで、もっと気になる本を見つけ、注文しました。
 「高齢者の摂食嚥下サポート」という本で。
 もう中古本しかなかったので、中古本を注文。
 2件のレビューが入っていたのですが。
 そのうちの、1件の内容を読んだだけで、すごく共感して、速攻購入した。

 とりあえず禁食というのは、ホンマに疑問。
 カロリーが足りないからと言って、ブドウ糖の点滴に頼ることも疑問。
 嚥下に関して、安全策を取って、咀嚼機能が残っているのにどろどろの物に切り替えたことも、全く納得できてない。

 正直、その時代の常識的な範囲というのがあるのは仕方ないし、限界もある。
 江戸時代なら、軽い肺炎でも、死んでいたかもしれないんだから、そりゃ、今の方が進んでいるし幸せ。
 でもなあ。
 でもなあ。
 でもなあ。

 医療関係の方々には、いっぱい感謝してる。
 理学療法士さんのすごさに、いっつも、感激する。

 一方で。
 食べられないと、ブドウ糖の点滴。
 ブドウ糖の点滴で、血糖がやや高めに維持されたら、空腹感が来ないはずや。
 それは、糖質制限で得た知識があって、気づく。
 で、母の悪循環を断つため、許可を取ってあった食べ物の持ち込みをした。
 サンドイッチとアイスクリーム。
 添加物、リン分他、一見、良くない食べ物。
 でも、これを一定量食べたら、食べなかった際のブドウ糖の点滴を、一回、回避できる。
 多い時は、一日3回のブドウ糖の点滴。
 これでは、おなかがすくわけがないと思う。
 一方で、ブドウ糖の点滴は、血管を痛める。
 そのため、繰り返すうちに、点滴も入りにくくなって来るという。
 そこは、病院の人に確認した。
 ということは、これは、長い目で見た時に、ずっと継続できない方法だということになる。
 その悪循環をどこかで断つ必要があると思った。
 それに、口から食べないということは、拒食症と同じで、消化器官を衰えさせるはず。
 糖質制限で言われる、絶食すると筋肉が痩せるという話。
 絶食というのは、どういう状態を、体が絶食とみなすのか?
 ブドウ糖が入っていれば、大丈夫なのか?
 血管を痛め、食欲を奪い、ブドウ糖以外の、体を作るための栄養が摂れなくなる。
 ものすごく焦った。
 母に、サンドイッチとアイスクリームを持ち込みつつ。
 点滴を嫌がる母に、点滴をやめるためには、口から摂るしかないし、点滴に頼ったら、その方法はいつまでも使えず、体を衰えさせる一方で未来はないことを、まじめに説明した。
 ある日、母が自分で点滴用に置いてある針を、引き抜いてごみ箱に捨てていて。
 慌てて、看護師さんに回収してもらった。
 お掃除のおばさんが怪我でもしたら、大変。
 そのあたりから、食欲が回復してきて、点滴の必要がなくなって、ほどなく退院となった。

 父に関しては、咀嚼機能があるのに、安全策と言って、極小刻みに変えられた。
 介護施設に移すまでの3週間足らずの間に、完全に咀嚼を忘れていた。
 なるたけ、恨みは口にしないことにしたけど。
 だって、何らかで、医療者と介護者のつながりがあって、あんまりいうと、どんなふうに感じられるか分からないし、ヘンなプレッシャーを、今お世話になっている人にかけることになると思ったので。
 でも、レビューを読むと同時に、怒りが沸き起こった自分がいて、そう、この恨みは、正直一生忘れないと思う。

 とりあえず禁食。
 禁食というのも、分からないではない。
 食べて、消化すること自体、消化器にとっては運動しているってことで。
 ホンマに全身が弱っているときには、休めてあげた方が良いこともある。
 でも、一週間も禁食か?
 その間に、絶食していたら、筋肉が落ちる。筋肉が落ちる。
 そう考えると、ものすごく焦燥感があって。
 それでも、病院では、ありふれたことなので、医療者にとっては、普通のことで。
 私の焦燥感と、温度差を感じた。

 今も、良く分からない。
 ほんとは、オーダーメード医療であってほしい。
 この人は、予定道理の期間、禁食を継続。
 この人は、早めに切り上げ。
 そういう、個々の状態に応じて、早めに口から摂れる人には、口から食事をとらせてほしいと思うことはある。

 点滴もそう。
 ブドウ糖、脂肪、タンパク質の点滴があるんだって。
 脂肪の点滴は、動脈硬化を進めると言われていて、あまり、されることはないんだそう。
 タンパク質の点滴は、特定の疾患に対して行われるんだって。
 なので、カロリー摂取を目的にした場合、一般的には、ブドウ糖の点滴。
 その一般的な方法以外を望んだ場合、そういうことをやってくれる、特別なところを探すしかないんだそうだ。
 でもな。
 ブドウ糖は、タンパク質の糖化(アミノカルボニル反応)によって、血管を痛めるし、全身のタンパク質でできた組織を傷める。
 だから、糖尿病って、怖いんやん。
 脂肪の点滴だって、どんな脂肪酸の構成かで、動脈硬化が、それほど進まないこともあり得るでしょ?
 結局、そこまでこだわった脂肪酸構成の点滴は、作るのに原価がかかるもんな。
 タンパク質というのは、正確には、アミノ酸の点滴ってことだと思うけど。
 ブドウ糖よりは、作るのに原価がかかるし、劣化しないための管理が、大変なのは想像がつく。
 ブドウ糖は、結局、原価が安くて、管理がしやすいんだろう。
 そこは分かる。
 だったら、原価の問題だと言ってほしい。
 ブドウ糖が素晴らしいからではなくて、オトナの事情だと、正直に説明してほしい。
 飽くまで、ここに書いていることは、私の個人の推測なので、正確さには欠ける可能性がある。
 でもな。

 でもな。
 いろんなモヤモヤだってある。
 とりあえず、今の介護施設は、口から食べることをがんばって下さっている。
 口から食べるためには、モチベーションだって大事。
 おいしいということだけでなくて、日常が、何となく幸せ。
 だから、おなかがすいたから食べようかなって、気持ちになってほしい。
 今の施設は、周囲には、他の利用者さんや施設のスタッフさんの気配があって。
 いろんな人に関わってもらえて。
 父は、機嫌が良い。
 例えば、メニューが管理栄養士さんが作ったメニューだから、栄養的にパーフェクトかどうか?よりも。
 食べる意欲が湧くから、おなかがすいたから、食べる。
 そういう、人間らしい何かを、大事にしてあげたい。
 どんなに、栄養学的にパーフェクトでも、そもそも、食べなければ、数値目標を達せてないやん。

 そういう、日常の小さな幸せを感じながら生きていることが、長生きかどうかよりも、ずっとずっと大事なことだと思う。
 孤独を感じないで、穏やかに日々を過ごしてほしい。
 きっと母が利用していることも、プラスに働いていると思う。

 母が歩いている所を見たい。
 これだって、実際に歩くかどうかではなく。
 歩く日を見ようと、日々を過ごすことが大事なんだと思う。

 病院の、地域医療連携室の看護師さんが、私におっしゃった。
 「すみませんね。どうしても、治療主体になってしまって。」
 そう、食べることに関しての価値観は、人によって、ほんとにまちまちで。
 食べることは、単に食べることではないと思う。

 そうそう。
 母の食事制限に、「リン」の制限がある。
 リンは、過剰摂取になりやすい栄養素で、リンを過剰摂取すると、カルシウムと結合して、体外に排出されるため、カルシウム不足、骨粗しょう症を招く。
 透析患者の場合は、特に、リンの過剰摂取には注意が必要らしい。
 で。
 リンは、タンパク質を摂ると、一緒についてくる。
 生命活動に付き物の栄養だけに、仕方がないらしく。
 でも、お肉や魚などの素材からのタンパク質に含まれるリン分は、カルシウムもある程度一緒についてくるようで。
 むしろ添加物に含まれる、メタリン酸ナントカとか、ポリリン酸ナントカとか、そういう物の過剰摂取の方が、余計に問題なんだそうで。
 へ~。
 まあ、リンの制限だけに目が行くと、栄養のバランスを崩しやすいので、リンをコントロールするお薬も上手く使いながら、神経質になり過ぎずに行きましょうって、担当の看護師さんからのコメントをもらった。
 へ~。
 っていうか。
 コーラは、リンが多いらしく。
 飲んじゃダメな飲み物で。
 だったら、骨粗しょう症になりそうな、細っこい女優さんがコマーシャルしてる場合じゃないと思うんだけどなんて思っていた私でしたが。
 ねえねえ。
 だったら、加工食品に頼って、タンパク質をガンガンに摂っている、糖質制限者って、リン分の過剰摂取から、骨粗しょう症になったりはしないのん?
 いや~!
 チーズケーキ愛用者だった私。
 まずくないですかねえ?
 思いがけない、糖質制限の落とし穴に気づいてしまった、数週間前なのでした。

 安全策。
 その名のもとに、機能低下を引き起こす手抜きが、正義とされる。
 まあ、家で介護していては、そこまでできないしな、とか。
 他のデメリットで、寿命を縮めるかもな、とか。
 もちろん、病院で、してもらえるあれこれに、感謝はしている。
 医療保険も、いっぱい、使わせてもらったうえでのことなわけだし。

 でもな。
 安全策という名の手抜きを、安全と呼んでほしくない。
 そんな本音だって、本当は、隠し持っているんだ。
 あ、ここで、書いてるやん。
 隠してないし。(^^;


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# by glass-fish | 2017-08-18 23:30 | その他のタワゴト

保護メガネを忘れる・・・・・・(^^;

 水曜日は、とんぼ玉ミュージアムの教室でした。
 保護メガネを、忘れて行きました。(^^;
 製作場所が、工房→自宅→工房、みたいなことになっているせいだと思う。
 そんな言い訳を、自分にしてみる。
 ただ、明日というか、もう、今日ですが。
 加古川に忘れて行ったら、とんぼ玉ミュージアムで借りたみたいに、貸してもらえたりはしない。
 気を付けよう。

 そして、日常と言えば、またまた介護ネタ。

 父を、母が利用している介護施設に移して、2週間が経ちました。
 実際に移した前後で、ホンマに良かったのかと、思ったりもしました。
 前の病院に6週間いて、慣れかかったところへ、また、環境の変化な訳で。
 結果。
 ホンマに移して良かったと思います。
 数日前、介護施設のスタッフの方に、「おはよう」と言ったんですって。
 すごいです。
 言葉をまた発することがあるとは。
 機能低下のため、余程気持ちが動かないと、そういうことは、ないんですよね。
 母が言うには、水曜日には、アイスクリームをちょっとだけ食べさせてもらったそうです。
 そういう、小さな幸せを作ってもらえるところが、とてもありがたいです。

 何なんかなあ。
 病院というところは、そういう部分が少ないというような認識が、一般にはあるようで、私もそうだろうなあとは思っていたりする。
 でも、一律には言えないですよね。
 父と母が、複数回お世話になった、急性期の病院では、フロアとか担当の人とかで、違った。
 父と母が、同時期に入院していた回復期の病院では、かなり、配慮してもらえたと思う。
 介護施設では、日常のお世話がテーマだから、比較的配慮してはもらえると思う。
 でも、きっと、それも、担当者次第だったりするようにも思う。
 まあ、贅沢ですね。
 介護保険を使わせてもらって、または、医療保険を使わせてもらって、家ではとてもそこまで対応出来ないようなお世話をしてもらって、その上、そこまで望むことは。
 でもなあ。
 望んじゃうんですよ。
 人って。

 母も、絶好調で、動きが良くなってきました。
 日々、ほめて伸ばす。
 介護施設では、食事の時に、車イスから普通のイスへの座り替えなどをしてくださっていて、日常の中に、訓練みたいなことが織り込まれている。
 母が、腰痛を訴えたために、整形外科に連れて行って、医療保険でリハビリをしてもらっていて、それも、良い感じです。
 が、心配した通り、絶好調で、調子に乗って、無理をして、コケました。
 大ごとには至らなかったから良かったようなものの。
 たまたま、運が良かったからだと思う。
 うっかりなキャラのため、ケロッとしている。
 腹が立つなあ。
 ちょっとは懲りて欲しいんだけど。
 もちろん、説教しました。

 でもな。
 私の野望としては。
 もう一度、歩くところを見てみたい。
 何ですかねえ。
 めっちゃ良くしてもらった回復期の病院を退院する際に。
 年齢的なことも考えると、今の現状を維持できるだけで、良い方だと思う。さらに歩くところまでは、ほぼ、無理だと思った方が良いという話を聞きました。
 病院の見解として、一般的にはそうだという意味ですが。
 祖母は、2回の大腿骨の骨折で、1回目には、日常生活ができるまでに復活し、2回目には、介護ベッドから簡易トイレへ、自分だけで行き、歩行用のカートにつかまって歩くまで、回復しました。
 まあ、祖母は、何かにつけ、スーパーおばあちゃんだったので、あらゆる局面で、驚かれた物でした。
 彼女は、もともとの体が鍛えられていたのと、モチベーションの高さが、常人レベルを超えていたからなあ。
 ただ。
 母を見ていて思うのは。
 高齢者が、現状維持で精一杯なのは、高齢者がもともと持っているポテンシャルのせいではないのでは?ということ。
 サポート次第で、もっと回復できる可能性はあっても、日常生活に戻った段階で、理学療法士さんなど、専門性の高い人のサポートを受けるチャンスがなくなることで、機能低下が起こるんだろうなあ。
 私って、昔から、何かにつけてなんですが。
 無理と言われても、やってみないと気が済まないところがある。
 ↑関心が高いことに限る
 ホンマに、純粋に、母がもう一回、歩行カートの利用とかでも良いので、歩くところを見てみたい。
 でもって、今も透析でお世話になっている、回復期の病院の元の入院フロア(透析フロアの隣)に行って、アッ!と言わせたい。
 めっちゃ素直な気持ちで、単に、喜びを分かち合ってもらうために。
 と、そんな野望を抱く、この頃なのでした。

 と、日常でも、お仕事でも、小さい物から大きなものまで、いろんな野望を抱えつつ。
 いくつ叶うでしょうか?(^^)


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# by glass-fish | 2017-08-10 01:01 | 日常

奈良で、リフレッシュ!

 4日(金)に、奈良のギャラリー阿字万字(あぜまめ)さんに、行って来ました。

 行ってみると、きれいにディスプレイしてもらってました。
 搬入に行けなかったので、どなたかが、してくださったんだなあ。
 ありがとうございます。

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 実は、当日、会場で写真を撮ってなくて、後から、稲沢さんに撮ってもらって、奥ってもらいました。
 ありがとうございました。

 いつもなんですが、性格的に、自分の興味だけに意識がフォーカスされがちで、他のことを落としてしまうんですね。
 会場に行って、他の方に会いたいのと、他の方の作品を見たいのとが、主な興味で。
 他の方というのは、他の作家さんとか、初日の朝一に行ったら、東寺さんでおなじみだったお客様にも会えるんじゃないかとか、奈良の友人とか、奈良に引っ越したかつての生徒さんとか、いろんな方に会えるかなあと。
 で、またまた、画像を撮り忘れる。(^^;
 後から撮ろうとか思うと。
 と、言い訳は、この辺にして。

 Tさんと、お会いしてお話もできて、嬉しかったです。
 お買い上げも、ありがとうございました。
 Nさん、会釈しただけで、お話はしなかったんですけど。
 何か、今回、生き物系がなかったので・・・・・・、あ、生き物系をご覧になってるなあと思って、様子をうかがってました。
 ↑怪しいやん、私(^^;

 他の作家さんたちにもお会いできて、嬉しかったです。
 女子会もできたし。
 また呼んでもらえたら、親睦会に参加したり、燈花会を見たり、鹿に会ったりしたいなあ。

 女子会では、フムフムな、情報を教えてもらったり。
 そうやなあ
 これからの作家としての私なんてのを、ふと、考えてしまった。
 で、私から見たら、このくらい売れたらなあと、ちょっとうらやましくなる人でも、売れるかどうかのプレッシャーからは、自由ではないんだなあと、あらためて思ってみたり。
 作品を見ていると、他の人の一生懸命に出会えて、嬉しい。
 私も、私なりに、また頑張ろうと思うのでした。

 で、「茶香炉」話を、思い出していた。
 かつて(もう、何年も前)、ふく蔵さんで、知り合いのお友達という人が、陶芸の作品展をされていて、見に行ったとき。
 ちょっと、苦戦されていた。
 その人が言うには、そのちょっと前に、「茶香炉」というのが流行ったんだって。
 筒型の容器の中で、火を焚いて、上に乗っかった小皿の上に、お茶を乗せて、お茶の香りを楽しむというもので。
 流行とはすごい物で、構造からすると、作るのはそんなに大変ではないのに、作れば、手間以上の高値で、飛ぶように売れたのだそうだ。
 それで、数年は、良い思いをした。
 でも、流行は去るもので、一方で、去った時のことも考えておかないといけなかったのだなあと。
 ↑ブームと思った物が、定着する場合もあって、去らないこともあるけど
 ただなあ。
 そんなにあれこれ、できるもんじゃないもんなあ。人って。

 ウチだってさ。
 沖縄で、お魚のムリーニ入りストラップが好調だった時期があった。
 夢やな。
 時代は変わる。
 その変化に、対応できなかったんやもん。
 私はさ。

 そして、時代は変わる。
 SNSを駆使すれば、かつての実店舗での販売というだけでない、多様な売り方が可能になったらしい。
 ただ、現物を見てもらって買ってもらうのと違って、イメージとのギャップは怖いと思う。
 私も、ネット通販で服を買うけれど。
 慣れてくると、画像とのギャップを予想して、期待値を下げて見るようにはなる。
 予想通りのこともあれば、がっかりするこもある。

 そんなこんな、いろんなことを、考えたのでした。
 考えてないで、動けって話ですが。

 ちょっと反省して、フェイスブックをスマホからチェックしたり、メッセージをスマホからやり取りしたりできるように、しました。
 それに、あんまりにも、私の名前でフェイスブックを見に行ったら、私個人の投稿が、何にもなくて、私の作家としての活動が、あんまりにも見えないので、ぼちぼちながら、アップすることにして。
 他力本願で、女子会の画像をアップしてもらったのを、シェアしとこうと思ったり。

 そして、教室で、昔からの生徒さんに、取り留めない話を聞いてもらう。
 でもなあ。
 アピールって、職業柄、それなりにはないとダメやとは思うねん。
 それでも、そのアピールの裏側に、誰からも見られてない、ひたすら作っているという部分あってこそのアピールでもあると思うんよねえ。
 なんて。

 他の方々の作品を見ると、そういう、ひたすら作っている部分というのが、垣間見える。
 そういう部分が、いとおしく思える。
 そういう意味では、同志やなあって。
 お互い、頑張ろう!って思う。
 そんな風に、心あったまるのは、とても、嬉しいのでした。

 奈良の作品展、まだまだ続きます。
 みなさま、ぜひ、足をお運びくださいね。


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# by glass-fish | 2017-08-06 04:05 | 作品展、イベント

奈良に、行きます

 奈良のギャラリー阿字万字(あぜまめ)さんの作品展、今年は参加させていただいています。

 今年は、搬入には行けなかったのですが、初日の朝一に、会場に行く予定です。
 搬入日に、出展作家さんが、女子会をされてたようで、うらやましかったです。

 今日は、母の透析のお送りとお迎えがあったので、午後1時~6時は、自由に動けたのですが、5時間では、奈良行きは不可能。
 残念でした。
 そんな訳で。
 今日は、おとなしく、自宅のお片付け。
 仏間に、アクセサリーパーツや在庫品を置いているのですが、その上に、イベントのディスプレイ素材や文房具や段ボール箱が入り乱れて、足の踏み場がない状態だったんです。
 両親が、仏間に近づけない状況を良いことに、なんだか激しいことになってました。
 ご先祖様、お祖母ちゃん、ゴメンね。
 13日の朝に、お坊さんが来られるため、何が何でも、今日中に片づけておく必要があったのです。

 明日、奈良行き。
 土日月は、教室。
 火曜日、母のリハビリ他。
 水木は、教室。
 直前の金土は、空いていますが。
 突発的に、何があるか分からないじゃないですか。
 何とか、片付きました。
 お花やお供えは、弟と義妹がやってくれるので、後はお任せで。

 そうそう。
 鎌倉の春日さんに、赤い窯変玉を送りたいのですが、なかなか作る時間を確保できず。
 ごめんなさい。
 と、こっそりこんなところで謝る。

 あ、話が横道にそれましたね。
 というか。
 誰に向けて、何の言い訳や?(^^;

 なんか、いろんな意味で、ちょっとホッとしているこの頃です。
 奈良への発送を終え。
 すみとさんにDM画像を送り。

 何よりも。
 両親は、まあまあ落ち着いている。
 明日は、早朝から奈良に向かうため、透析から帰って来た母を、晩御飯を済ませてから、介護施設に送って来ました。
 二泊してもらいます。
 母は、不満そうです。
 エエやん。
 二日間、父のごきげんをとっていておくれ。
 父の様子も見て来ました。
 今日の夕方は、とんぼ玉好きの看護師さんがいらっしゃったので、とんぼ玉ネタで話し込む。
 食後でウトウトしていた父が、私と看護師さんの会話の声を聴いて、ばちっと目を開けた。
 その顔は、「ワシの娘は、相変わらず、良う喋るのお。」っていう顔ですな。(^^;
 私が、そういうことを言うと、ホンマかなあって、思われるかと思うんですけど。
 分かるもんですよ。
 表情って、昔のままで、けっこうそのままなので。
 私が理屈っぽいことを言い始めると、ちょっと、嫌な顔をします。

 この介護施設に変わってきて、早10日。
 前の病院で、モタモタして、6週間もいたのですが。
 そう考えると、時間が経つのはやい。
 今の介護施設には、4~5日で慣れてくれて、ご飯も良く食べるし、食べるのも早いんですって。食形態は、前の病院と同じく、ペースト状のドロドロ中心ですけど。
 そう考えると、前の病院で、食べるのが遅かったのは、意欲の問題だったのか、食べることに消極的な態度というのが、何らかの不満の訴えだったのか。
 どちらかということになる。
 前の病院サイドでは、機能低下と見ておられたけど。
 違ったな。
 復活したもん。
 まあ、私の予測が当たっていたことになります。
 そういう意味でも、ホンマに良かった。
 無謀とも思えたけど、今の施設に移す決断をして。
 ホンマに、感謝でいっぱいです。
 受け入れていただいたことも。
 移してすぐに熱が出て、かかりつけの先生に、5日の内に、3回も往診に来ていただいたことも。
 介護の手間が、うんとかかるのに、優しく接してくださる介護施設の方にも。
 良かった。
 あのまま放っておいたら、死んだお祖母ちゃんに怒られるとこやった。
 しかも、病院には、私が父のご機嫌伺いに行くしかなかったのですが。
 この施設の場合は、母がいる。
 私が行けない日は、任せたよ!って、言っておきました。
 ↑数日前に

 とまあ、そんなこんなで。
 この頃、母の朝の支度で、やけに規則正しいこの頃です。
 しかも、あんなにズボラでモノグサだった私が、結局、後回しにしたら、それをやるのも私やもんなあと思うと、やけに、せかせかと、動き回ってます。
 必要に迫られたら、人間、できるもんだなあと、この年にして、自分の新たな一面に気づくのであった。(^^;

 さて。
 明日は、奈良で、羽を伸ばして来よう。
 誰か、小ぢんまりとした女子会、してもらえないかなあ。

 あ、今年の作品は。
 モレッティというイタリアのガラスと、それとコンパチで使える銀などの窯変を起こす金属をたくさん入れて作られている「ダブルへリックス(二重螺旋)」というガラスを使って作っています。
 銀コロイド発色や同コロイド発色などの、不思議な窯変のグラデーションで出来た「つぼみ」の玉になっています。
 自分で言うのもなんですけど。
 ホンマに不思議な色です。
 ぜひ、ご覧くださいね。



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# by glass-fish | 2017-08-04 00:16 | 作品展、イベント

バーナー、またまたお引越し(^^;

 介護絡みで、自宅裏の小屋に移していた酸素バーナーを、工房に戻しました。
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 酸素ジェネレーターが、不調のため、製作ができなくなったから。
 工房には、酸素ボンベがあるので、どうしても酸素バーナーが使いたければ、こっちで製作するしかないのでした。

 今の製作ペース、結局、母が家にいる間は、何だかんだで作ってないので。
 だったら、母が、介護施設か透析に行ってくれている間に、工房にダッシュすれば、何ら変わらないってことになる。
 と、数日前から、うすうす、思ってはいた。
 そんな矢先に壊れた。
 ↑でも、奈良の締め切り直前は、痛すぎやん
 しかも、最近、ダブルへリックスの銀成分の入ったガラスを使っているので、ちゃんとダクトが設置してある方ですべきではないのかと思っていた矢先でもあって。
 まあ、必然やな。
 この流れ。

 ただ、ジェネレーターが使えないということは、ボンベの充填費用は痛い。
 仕方ないか。
 すみとさんの4人展までの間の製作は、これでやります。
 その後は、また、考える。

 自宅裏に、エアコンまで設置してもらったのに。(^^;
 エアコンのいる時期は、工房での製作になりそうです。

 その後、すみとさんの締め切りが落ち着いた頃、またまた、介護の状況が変わる予定なので……
 自宅裏には、エアバーナーを設置して、エアバーナーでの製作に切り替えることになるのかな。

 そんなこんなで。
 明日、いや、もう今日ですね。
 一個でも作れるだろうか?
 というか、それが、ちゃんと冷めて、発送に間に合うだろうか?
 タグ付けしたほうが良いような気がしてきました。(^^;

 ジェネレーターは、他の原因だと思っていたけれど、出力を上げても圧が出ないし、出力を上げようとしたら、変な音がするので、どこからか空気というか酸素が漏れてしまっている気がする。
 ここの所、全然大きな炎が使えないとは思っていて。
 徐々に、漏れていたのが、今日、使えないまでのレベルで、漏れてしまっているのでは?
 ジェネレーターを開けている余裕があるだろうか?
 それは、先に延ばして、すみとさん向けの製作をした方が、良いんだろうか?

 まあ、大体、物事は、こういうタイミングで起こる。
 最近、そう思います。
 狼狽えたり、怒ったりしたら、時間の無駄。
 理性はそう言うけど。
 あほ~!
 何でやねん!!!
 と、叫びたい。(^^;


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# by glass-fish | 2017-07-31 02:26 | 日常

AIは、介護を救うか?・・・・・・介護ブログと化す(^^;

 父が、ロングショート(ショートステイを長く繋ぐこと=ずっと預かってもらっている状態)で、預かってもらっている施設に、今のところ一日一回は、行っています。
 顔を見るのと、事務的な手続きと、お届け物。
 母が、いない時の方が、動きやすいため、母もいるタイミングが多く。
 ああ、施設に慣れてからは、こういう風に過ごしてるんだなあとか思って見ます。
 思うに。
 両親とはいえ、私の目線は、保護者目線になっていて、「ご機嫌良くやっているな、よしよし」とか、思って見ている自分に気づくのでした。

 ああ、それにしても。
 どれだけほっとしたか。
 ここへ移すことが決まって、ストレスが去ったと、思ったのですが。
 この頃は、ここに慣れるのに、ご機嫌伺いに行かなきゃとかはあるものの、新たに、市役所での手続きや、お買い物などの用事が発生するものの。
 実際にここへ移ってからは、自分自身が、寝るとすごくぐっすり眠れている感じがします。

 一つには、病院に頼ると、今の医療保険の制度上、3か月ごとに見直しがあって、場合によると、3か月ごとに、次のところ次のところと、転々としないといけない可能性もあるから。
 本人の状況が変わることで、また入院という可能性もないではないけど、そこが変わらなければ、長いスパンで考えて、腰を落ち着けることができる。
 何よりも、お世話になる人が、固定されることがありがたいです。
 母が、先にお世話になっていたため、一か月近くは関わりができて、ケアマネさん、看護師さん、スタッフさんの感じが分かった上での利用のお願いだったので、信頼できると思った人のところに移れる安心感は、大きかったですね。

 今のところ、いろんな噂を総合すると、かかりつけの先生も、良い感じ。
 以前のブログで書いていた、他の施設の利用の場合のかかりつけの先生と一緒の人で。
 「うわさを聞く限りサバイバル系」と、書いていた人です。
 そもそも、いろんなケースの往診でしかお願いしにくい人のかかりつけ医を、基本的には、断ることなく引き受けてしまう、しかも、一般の診察でも、どんな人でも断らずに引き受けるという段階で、やっぱり、サバイバル系やと思います。


 そうそう。
 今日の本題。

 AIにやってほしいこと、ありました。
 これ、絶対。

 見守りが必要な人の、見守り。
 例えば、夜間寝ているとき。
 ↑昼間もそうですが
 体温や呼吸や、体の動きなど、正常な範囲と、何か異変のある状態を見分けて、お知らせしてくれる機能が、広く普及すべきだと思います。
 父が祖母の介護をしていた時、見守りのプレッシャーで、疲弊していました。
 私も、母が帰ってきてすぐのころには、気にしすぎないように割り切るべきと、自分の気持ちをコントロールしようとしつつも、やはり、無意識の内に、それなりに気になってしまう。
 この機能があれば、俳諧の恐れのある人の見守りや、ベッドから立ち上がると足腰が弱くて転倒の危険度があるので、病院で、危険度が高いと判定される人の見守りもできるはずで。
 今は、いろんなセンサーを使っているけど、完全に、安心感は上がります。

 何よりも、認知のある人の見守りのプレッシャーたるや。
 いつだったか、家人がちょっと目を離したすきに、認知のある人が、線路に入り込んで電車の運行を止めた損害について、奥さんと息子さんに、とても払いきれる額でない損害賠償の判決が出たことがあって、そこは後日、違う判決が出たと記憶しているのですが。
 最初の判決を聞いたとき、裁判官、罷免できるなら罷免したい。
 絶対、経済的余裕があるから、介護を、奥さんか施設に丸投げしている人やで、って思った物だった。
 そんな判決が出るようでは、家族が認知になったら、俳諧のプレッシャーだけで、家族がみんな疲弊して壊れてしまうで、って思う。

 今後、認知症が増えたら、その人の見守りで、これから介護を担う世代の人たちが、疲弊してしまうのでは?と、本気で思う。
 私は、機械が得意なことは、機械に任せるべきと、考える人で。
 人間の負担を軽減させるのに、機械の導入は、大いに結構と考える人です。
 認知症があってもなくても、見守りは、どんなに人間がやっていても、絶対に四六時中は無理。
 見ていない時に、何事か起こってしまったとしても、それは、運命だと考えるべきだと思うようになりました。
 祖母の介護の時かなあ。
 でも、いくらそう思っても、気になる物は気になる。
 見守りの責任が自分にあるという人のプレッシャーは、けっこうな物なんだと思うんです。

 AIは、そういうお仕事は、得意だと思うし、四六時中途切れずできるという意味では、人よりもはるかに優れている。
 イメージとしては、複数のカメラを警備員さんが見ている感じで。
 病院の当直のナースが、やはり、複数の人の見守りはするものの、今、センサーとナースコールに頼っている見守りに、センサーよりもはるかに賢いAIの見守り機能がサポートするみたいな。
 この負担が軽減されるだけで、相当、負担は減るはず。
 病院でも、介護施設でも、個人の在宅の介護でも。

 おそらく、そういう物は、少しずつ実用化の方向にあると思う。
 某メーカーの技術で、某メーカーの系列の介護施設で、見守りシステムみたいなのを作っているみたいな話を聞いたことがあるから。
 シンギュラリティー(技術的特異点=演算速度が人間の能力を超える時)が、やって来るというならば、今の見守りシステムよりも、飛躍的に、機能の高い物ができるだろう。
 認知症の増加と、その見守りの大変さで、日本の未来が危ういと本気で思っているので。
 ホンマに、AIで、そういうのを作ってほしい。
 そうしたら、日本の未来は救われると思う。

 もちろん、AIが異変を知らせる先は、人間。
 介護そのものは、人間の仕事だと思う。
 モダンタイムスではないけど、機械相手の無味乾燥な、ヘンなお仕事に就くくらいなら、人相手の介護は、とても人間的な仕事だと思う。
 介護問題と言われるけれど。
 それこそ、見守りなどの負担が減らせたら、「問題」の何割かは、解決すると思うし、介護そのものが問題ではないと思うんですよね。

 何でそんなことを思ったのか?
 今、この時も、父の施設では、どなたかが当直されているんだろうなあと、ふと思ったから。


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# by glass-fish | 2017-07-28 04:16 | その他のタワゴト

父、帰る・・・・・・町内の施設へ

 今日の3時ごろに、町内の介護施設まで、父を連れ帰って来ました。
 連れ帰って来た。
 そう、連れ帰って来たんです。

 最初は、知らない場所で、知らない人に囲まれて、やはり、「何されるねん?」的空気感だったような気もするのですが。
 まあ、もちろん、緊張はしているんでしょうけど。
 まあまあ、良い感じに行ったんではないかと思います。

 父がベッドに移り。
 タオルがなかったので自宅に取りに帰り。
 かかりつけ医になって下さる先生のクリニックに行って受付をし、順番を待って、父の名前がよばれて、私が先生とお話をしに診察室に入った。
 実は、先生も私も学生だった36年ほど前、先生の方は、学内でも有名人だったため、私の方は、一方的に知っていた。
 あ~、こういう顔の人だったなあ、と、細部の画像が蘇ってきた。
 ↑実は、細部は、記憶の彼方に消えていた
 先生に、ご挨拶をし、大体の今までの症状の経緯をお話しし、初回の診察の予定を聞いた。
 その後、透析に行っている母を(今日だけ特別に)迎えに行き、たまたま今日の晩、介護施設にお泊りの予定だった母をその足で施設に連れて行った。
 ↑明日が、三宮教室で、私の朝が早いので

 施設では、晩ごはんの時間。
 先に他の方が、お食事を始められていて。
 父のごはんも用意ができ。
 予定より早く着いた母のごはんが、続けて出て来た。

 またまた、父が何を食べそうかは、手探りから始まる。
 まずは鉄板メニューの主食、「パン粥」を、次回から作ってもらえることになり。
 介護食の「すりおろし桃」「すりおろしリンゴ」を、お渡しし。

 今晩は、平日のため、たまたま、お泊りが、父と母だけらしい。
 二人で食卓のところに車いすで座って、手続きの用紙の説明を聞いている私の方を見ていた。

 病院を出るときには、看護師さんにもけっこう慣れていて、良い方もいらっしゃるんだなあと思うと、ホンマに良かったのか、ちょっと心が揺れたけれど。

 ご飯が終わるまでの経緯を見届けて、思った。
 ああ、やっぱり、こっちに移って、良かった。
 普通に、普通に、そこに座っていた。
 きっとね、小出し小出しに、誤嚥性の熱を出すと思う。
 それは、病院にいても、ここにいても一緒。
 リスクはある。
 それでも、危機管理をしつつも、日々が、大事な日常なんだと思って、過ごせる。
 なんてことはない。
 ただ、穏やかな日であるというだけ。
 私の個人的な意見は、できることなら、病院より、介護施設の方が良い。
 でも、誤嚥性の熱を繰り返す場合、それを前提に、必要な対処をしつつ預かってもらえるだけの介護施設が、なかなかないのが現実で。
 今回の選択ができたことは、本当に、私と父にとって、幸運だったんだろうと思う。

 ただ、腹をくくらないといけないのは、リスク覚悟で出してきている以上、辛い状況の決断を回避したり、人に丸投げしたり、何かが起こった際に、そのリスク含みで考えた以上は、施設に責任転嫁をしてはいけないということ。
 きっと、必要なことはやって下さると思う。
 その時、病院だったら・・・・・・と思うようなら、介護施設の利用は向いていないかも知れない。
 と、思いつつも。
 いざというとき、テンパってしまわないかは、その時になってみないとわからないさ。

 何より、日常を取り戻せた。
 そのことが、心から嬉しい。
 きっと、この決断をせずにいたら、後向いて、くすぶっていただろう。
 明日も、穏やかな一日が来ますように。
 とんぼ玉教室が終わってから、また、行こうと思います。
 ↑近いからね(^^)


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# by glass-fish | 2017-07-25 22:56 | その他のタワゴト

初めてのことに、戸惑う、そんなことばかり(^^;

 明日、父を、病院から、介護施設に移します。
 嬉しいです。

 祖母が、99歳の時に、初めて介護保険制度という物のお世話になり。
 それから、何年経つんだったか。
 思えば、去年の7月末から、怒涛のごとく、両親の介護へと事態が転んで行ったんだった。

 ホンマに、ケースバイケースというか。
 何か起こるたびに、初めてのことばかりで。
 「え~?それ、どゆこと?」
 みたいなことが、次々と降って来て。
 自分なりに、今までの経験で、自分なりの考えがある程度できたかもしれないという事柄も、無いではないけど。

 今回の父の件。
 病院を出て、介護施設に入る。
 こういうのって、「これからは、在宅で」って、表現するらしい。
 病院に預けるということも、空きがなく難しいらしいことは、うすうす知っているつもりで。
 それを、せっかく入っている物を出してしまうなんて、思い切ったねって、感じなのかも知れません。

 制約が多すぎて、耐えられなかった。

 介護も、どこまでもはできないし、時間的、経済的、物理的に、限界があって、どこかで折り合いを付けねばならないとは思う。
 自分のキャパを超えたことを抱え込んで、続かない状況になるのは、ただの無謀だと思う。

 でもなあ。
 ちょっとでも、何気ない日常の中に、小さな喜びがあっても良いと思うねん。
 ほんの少しの努力で、ちょっとだけ喜んでもらえたら、家族もうれしいやん。
 っていう、そういうところが、受け入れられない空気感が強い。
 管理的で、病院の方針に従ってもらわねば的な。
 できることしかできないのは、分かっている。
 でも、その「できない」のは、ホンマにできないのか、やればできるのに、慣例的にやって来なかったことを取り入れる必要を感じてもらえないから、不要なのか。

 やればできる小さなことを、やっても良いよって、言ってもらえるであろう、その安心感に、ぼっきり折れていた心が救われた。

 どんなに物理的なケアが、安定して提供されていた所で。
 何でそれだけのことが、アカンのん?って、心がどうしても納得せず。
 そのストレスとモヤモヤで、眠れぬ日が続いた。
 まあ、病院にしたら、そこを我慢して、納得して、病院の方針に従っているケースがほとんどだから、「この人は何を言っているのか?」みたいな感じなんだろう。

 すみません。
 間違えました。
 間違えて、迷い込んでしまいました。

 それでも、場合によっては、間違えたまま、他に行き場がなく、くすぶるしかなかったかも知れない。
 いや、その可能性の方が高かった。
 出せる施設があったことが、幸運としか、言いようがない。
 その施設も、できたばかりで、体制を整えている所だから、パーフェクトを求めて丸投げができるというものではない。
 ケースバイケースで、いろんなことを、一緒に手探りで行かないといけないんだろうと思う。
 ただ。
 「この人は何を言っているのか?」
 みたいに、エイリアンでも見るような目では見られない。
 そうそう、人は、そう思うもんだよね。
 どこまでできるかは別として、そう思うもんだよね、と、言ってもらえることのありがたさを、今はただ、痛感している。

 かかりつけ医になって下さった先生と、ケアマネさんが話をされたときのことを、ケアマネさんから聞いて。
 ああ、やっぱり、私は、間違えて迷い込んで、聞き入れられない要望を、間違えた場所に対して持っていたんだなあと、あらためて思った。

 そんな、「初めてだから、分からなかったこと」というのは、何度も起こっている。
 時々、困って、足掻くことになる。
 それは、単に、私の諦めが悪いからというだけではないと思う。
 ホンマに、途方に暮れることは、ある。
 先日、JAの窓口で順番待ちをしていた時に、見知らぬマダムが、同じようなことを、知り合いの方と話されていたのが耳に入って来て。
 一人、「あるある」と、心の中で、同意していた私がいた。

 で、一つクリアできるごとに、ああ、ちょっと賢く慣れたかもって思うけど。
 なにぶん、介護は、ケースバイケースなので、その経験値が生かされる日が来ることは、そうそうないと思う。
 うん。

 あ、話が逸れて行くのですが。
 もう、今日になろうとしている。
 父を、午後に迎えに行きます。

 私も、そうそう、献身的で健気な娘はできないけどさ。
 機嫌よく、顔を見に行けると思うんや、ちょくちょく。
 また、安全に食べられそうなおいしい物を、食べようね。


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# by glass-fish | 2017-07-25 00:01 | その他のタワゴト