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とんぼ玉作家ガラスのさかなの「タワゴト日記」

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今を、完成形として、見てはいけない

 え~、辛気臭いお話です。(^^;
 理屈っぽくて、説教臭いお話です。
 読むのをパスするなら、今のうちかもね。

 さて、本題です。
 実は、他の予定があるにもかかわらず、図書館でネット上から予約していた本が届いたとの連絡があり、借りてきて、読んでいます。
 予約時点では、「貸し出し中」だったので、誰か、貸し出し期間を過ぎて借りていた人を急かしてしまったってことだねえ。ごめんよ~。
 ↑貸し出し期間を、しょっちゅうオーバーする私やし
 そんな、誰かを急かしてまで借りてしまった本だし、読破するしかないなあってことで。
 それにしても、ハードカバーでしたか。
 しかも、ページ数、多い。(TT)

 その本とは、「ワンダフル・ライフ バージェス頁岩(けつがん)と生命進化の物語」というものです。
 そ。
 次の作品のネタ探しのつもりだったんですけど。
 これ、ネタにするの、いろんな意味で、ハードル高い気がしてきた。(^^;
 とりあえず、候補としては、ずずっと、後ろの方に並べとこ。
 ↑って、棚上げってことやね(^^;

 カナダのバージェス頁岩という層から、カンブリア時代の化石がたくさん発見された、その発見と、化石の整理研究のお話です。
 まだ、最後の章を読んでいませんけど。
 随所に、ちょっと冗長かもと思える場所があり、特に4章については、とても冗長で。
 これって、感動的な5章に、どうしても必要な前振りなんだろうか?って、悩みつつ、4章は走り読み気味。

 発見直後は、誤った解釈をされてしまった、バージェス頁岩中に眠っていた化石たちを、先入観なしに再検証したところ、考えもしなかった結論に行くしかなかったというのですが。
 ↑テレビでもやっていた、「アノマロカリス」とか「ハルキゲニア」を見つけた
 進化というのが、時代と共に、単純で下等なものから、高等なものへの進歩だという考え方があった当時、化石達は、原始的な生き物で、現在に生きている生命体の祖先の姿だと思われていた。
 祖先に当たるものや、近縁種と見られるものもありながら、バージェス化石たちは、今の生命とは似ても似つかない者たちがたくさんいて、多くが子孫を残すことなく滅び、そのうち幸運だったものたちだけが、後世に子孫を残したというのは、当時としては、抵抗があったようで。
 そのため、最初の発見者は、現在生きている生命の分類のどこかの祖先として、無理やり押し込めてしまっていた。
 が、現在知られている生命を分類した系統樹の外側に位置する生命体が、過去、たくさん存在していたというのが、事実だった。

 それらを再検証した人たちのお話が、3章にあって、面白かった。
 4章は、間違えたところに押し込んでしまった最初の発見者を擁護するお話で。
 でも、ごめん。
 擁護されても、そういう間違いって・・・・・・(^^;
 間違ったって、言われてしまうのは、事実なんやから、仕方ないのでは・・・・・・

 間違えてしまった彼に欠けていた発想は、ひとえにこれだけだと思う。
 過去の研究を見ると、時代と共に、新たに分かることが付け加えられ、「定説」自体が変化することは、良くあることで、「今」分かっていることを、「全て」だとか「最終的なもの」とか、思い込んで過信してはいけないってこと。
 今というのは、長い歴史の流れの中の一点に過ぎず、今を最終的な到達点かのような思い込みで見てはいけないんだろうなあと、思うんです。
 歴史学者の人も、歴史を学ぶことは、「過去を学んで、今が歴史の一通過点に過ぎず、そういう視点から、自分が立っている場所がどこなのかを知ることで、自分自身のものの考え方の助けになること」にこそ、意義があるといったようなことを、書かれていたと思う。

 とは言え、それは、時々に、意識していないと、見落としてしまうことのような気が・・・・・・

 いつぞや、とんぼ玉に関して、よく言われていたのが。
 「いろいろなテクニックが出尽くしてしまったが、多くの情報がある今と、まだ、未開拓だったが情報も道具もなかった過去と、どちらに、とんぼ玉を始めるのが幸運か?」
 って奴です。
 ネット上のどこかでも読んだし、誰かが話しているのも聞いたし。
 それでも、それには、いつも反発を感じていた。
 出尽くしたって、そんなこと、何で分かるねん?

 そういうのをさかんに聞いた、その後でしたよ。
 「インサイドアウト」「インプロージョン」というテクニックが、ポピュラーになったのは。
 でもね。
 インプロージョンも、まだまだ、いろんな可能性がまだあると思うんだ。
 いっぱい、掘り返せると思うんだ。
 ムリーニだって、最近になってから、盛んになったって思われてるんじゃないかと思うんだ。
 でも、「古代のエジプトに、もうあったからなあ」って、籾山先生が、言うてはった。
 そのムリーニだって、掘り返している人は、まだまだ、一握りだと思うんだ。
 掘り返してみたら、ムリーニの技法の先に、新たな着想が、待っているかもしれない。
 インプロージョンも、掘り返してみたら、その先に、新たな着想が待っているかもしれない。

 とりあえず、やりつくされたと思われていることだって、自分でやってみて、自分で掘り返してみて、そしたら、掘りつくされていなかったことが、分かるかもしれない。
 いや、掘りつくされていることを、再検証するだけかもしれない。
 それでも、再検証した後で、掘りつくした場所の隣に、掘りつくされていない場所があることに気付くかもしれない。
 やってみた人の視点からでないと、見えないことは、たくさんあるんじゃないかと思う。

 今、とんぼ玉で実現されているテクニックやデザインは、多様だと思う。
 でも、それが全てって。
 そんな訳ないやん。
 そうそう、やりつくされた発言が、インプロージョンの登場で、覆されたことは、とても胸のすく思いでした。
 今は、歴史の一点に過ぎないんだよねえ。
 よく、そう思う。
 自分で掘り返してみたいところは、あちこちにあるんだけど。
 多分、ベストコンディションで掘り返せるのが、あと何年?って思うと、きっと、限られたところしか掘り返せないんだろうなあと思う。
 でも、掘りつくしたと思うよりは、とても無理~!って思えるほうが、「おめでたい」気がする。
 そんな、「おめでたい」人で、あり続けたいなあ。

 あ、やはり、なかなか発見できなかったカンブリア紀の化石たち、バージェス頁岩以外にも、最近、他の場所で、ぽつぽつと見つかっているらしく。
 しかも、バージェス頁岩から採取されたものも、まだ、検証されてない物が随分あるらしく。
 それに、バージェス頁岩、もっと掘ったら、まだ、未知のものが出そうな気がする。
 まだまだ、過去の生命体については、一定の見方が出来る日は、遠い気がする。
 で、カンブリア紀のある時点の、一定の見方が出来たら、今度は、そこから、新たな疑問や謎が出て来るんちゃうんかなあ。
by glass-fish | 2010-05-02 00:04 | その他のタワゴト