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とんぼ玉作家ガラスのさかなの「タワゴト日記」

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AIは、介護を救うか?・・・・・・介護ブログと化す(^^;

 父が、ロングショート(ショートステイを長く繋ぐこと=ずっと預かってもらっている状態)で、預かってもらっている施設に、今のところ一日一回は、行っています。
 顔を見るのと、事務的な手続きと、お届け物。
 母が、いない時の方が、動きやすいため、母もいるタイミングが多く。
 ああ、施設に慣れてからは、こういう風に過ごしてるんだなあとか思って見ます。
 思うに。
 両親とはいえ、私の目線は、保護者目線になっていて、「ご機嫌良くやっているな、よしよし」とか、思って見ている自分に気づくのでした。

 ああ、それにしても。
 どれだけほっとしたか。
 ここへ移すことが決まって、ストレスが去ったと、思ったのですが。
 この頃は、ここに慣れるのに、ご機嫌伺いに行かなきゃとかはあるものの、新たに、市役所での手続きや、お買い物などの用事が発生するものの。
 実際にここへ移ってからは、自分自身が、寝るとすごくぐっすり眠れている感じがします。

 一つには、病院に頼ると、今の医療保険の制度上、3か月ごとに見直しがあって、場合によると、3か月ごとに、次のところ次のところと、転々としないといけない可能性もあるから。
 本人の状況が変わることで、また入院という可能性もないではないけど、そこが変わらなければ、長いスパンで考えて、腰を落ち着けることができる。
 何よりも、お世話になる人が、固定されることがありがたいです。
 母が、先にお世話になっていたため、一か月近くは関わりができて、ケアマネさん、看護師さん、スタッフさんの感じが分かった上での利用のお願いだったので、信頼できると思った人のところに移れる安心感は、大きかったですね。

 今のところ、いろんな噂を総合すると、かかりつけの先生も、良い感じ。
 以前のブログで書いていた、他の施設の利用の場合のかかりつけの先生と一緒の人で。
 「うわさを聞く限りサバイバル系」と、書いていた人です。
 そもそも、いろんなケースの往診でしかお願いしにくい人のかかりつけ医を、基本的には、断ることなく引き受けてしまう、しかも、一般の診察でも、どんな人でも断らずに引き受けるという段階で、やっぱり、サバイバル系やと思います。


 そうそう。
 今日の本題。

 AIにやってほしいこと、ありました。
 これ、絶対。

 見守りが必要な人の、見守り。
 例えば、夜間寝ているとき。
 ↑昼間もそうですが
 体温や呼吸や、体の動きなど、正常な範囲と、何か異変のある状態を見分けて、お知らせしてくれる機能が、広く普及すべきだと思います。
 父が祖母の介護をしていた時、見守りのプレッシャーで、疲弊していました。
 私も、母が帰ってきてすぐのころには、気にしすぎないように割り切るべきと、自分の気持ちをコントロールしようとしつつも、やはり、無意識の内に、それなりに気になってしまう。
 この機能があれば、俳諧の恐れのある人の見守りや、ベッドから立ち上がると足腰が弱くて転倒の危険度があるので、病院で、危険度が高いと判定される人の見守りもできるはずで。
 今は、いろんなセンサーを使っているけど、完全に、安心感は上がります。

 何よりも、認知のある人の見守りのプレッシャーたるや。
 いつだったか、家人がちょっと目を離したすきに、認知のある人が、線路に入り込んで電車の運行を止めた損害について、奥さんと息子さんに、とても払いきれる額でない損害賠償の判決が出たことがあって、そこは後日、違う判決が出たと記憶しているのですが。
 最初の判決を聞いたとき、裁判官、罷免できるなら罷免したい。
 絶対、経済的余裕があるから、介護を、奥さんか施設に丸投げしている人やで、って思った物だった。
 そんな判決が出るようでは、家族が認知になったら、俳諧のプレッシャーだけで、家族がみんな疲弊して壊れてしまうで、って思う。

 今後、認知症が増えたら、その人の見守りで、これから介護を担う世代の人たちが、疲弊してしまうのでは?と、本気で思う。
 私は、機械が得意なことは、機械に任せるべきと、考える人で。
 人間の負担を軽減させるのに、機械の導入は、大いに結構と考える人です。
 認知症があってもなくても、見守りは、どんなに人間がやっていても、絶対に四六時中は無理。
 見ていない時に、何事か起こってしまったとしても、それは、運命だと考えるべきだと思うようになりました。
 祖母の介護の時かなあ。
 でも、いくらそう思っても、気になる物は気になる。
 見守りの責任が自分にあるという人のプレッシャーは、けっこうな物なんだと思うんです。

 AIは、そういうお仕事は、得意だと思うし、四六時中途切れずできるという意味では、人よりもはるかに優れている。
 イメージとしては、複数のカメラを警備員さんが見ている感じで。
 病院の当直のナースが、やはり、複数の人の見守りはするものの、今、センサーとナースコールに頼っている見守りに、センサーよりもはるかに賢いAIの見守り機能がサポートするみたいな。
 この負担が軽減されるだけで、相当、負担は減るはず。
 病院でも、介護施設でも、個人の在宅の介護でも。

 おそらく、そういう物は、少しずつ実用化の方向にあると思う。
 某メーカーの技術で、某メーカーの系列の介護施設で、見守りシステムみたいなのを作っているみたいな話を聞いたことがあるから。
 シンギュラリティー(技術的特異点=演算速度が人間の能力を超える時)が、やって来るというならば、今の見守りシステムよりも、飛躍的に、機能の高い物ができるだろう。
 認知症の増加と、その見守りの大変さで、日本の未来が危ういと本気で思っているので。
 ホンマに、AIで、そういうのを作ってほしい。
 そうしたら、日本の未来は救われると思う。

 もちろん、AIが異変を知らせる先は、人間。
 介護そのものは、人間の仕事だと思う。
 モダンタイムスではないけど、機械相手の無味乾燥な、ヘンなお仕事に就くくらいなら、人相手の介護は、とても人間的な仕事だと思う。
 介護問題と言われるけれど。
 それこそ、見守りなどの負担が減らせたら、「問題」の何割かは、解決すると思うし、介護そのものが問題ではないと思うんですよね。

 何でそんなことを思ったのか?
 今、この時も、父の施設では、どなたかが当直されているんだろうなあと、ふと思ったから。


by glass-fish | 2017-07-28 04:16 | その他のタワゴト