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とんぼ玉作家ガラスのさかなの「タワゴト日記」

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やっぱり、理論派なのだ・・・・・・

 去年の作品展での出来事なんですけど。
 小学校の時からの悪友が、私に真顔で聞いた。
 「スピリチアルが、量子力学で証明されたって、ホンマ?」

 絶対にない!
 で、ネット上で検索をして、それらしい文章を見つけた。
 ハイデルベルクの不確定性原理に絡むもので。 
 違うと思ったけど、どこがどう違うのか、明確に答えられなかったあの時だった。

 今どき、高校物理で出てくる内容でも、量子論があるから分かった理論に触れることになり、どこかでは出会っていても、隅々まで理解している訳では全然なくて。
 でも、答えられないことには、もやっと感が残ったのだった。

 今は、分かる。
 ただ、信じている人に、それは違うよと分かってもらえるほどに、説明できるかは別ですけどね。
 スピリチアルの理論では、ハイデルベルクの不確定性原理によると、電子がどこにいるのかを特定できない、だから人間も、自分はこの程度だと自分で決めつけてしまわない限り、無限の可能性があると言っていた。
 ハイデルベルクの不確定性原理では、電子がどこにいるかは分からないけれど、電子の持つエネルギーから計算すると、ある軌道上(といっても、八の字だったり、不思議な左右対称型だったりするんだけど)のどこかにいることは分かっている。
 という訳で。
 何にでもなれる可能性があるかと言うと、ちがう。
 決められた軌道上のどこかを飛び回るに過ぎない。
 分相応の範囲の中で生きる分には、その範囲内での可能性は複数あるということ。
 例えて言うなら。
 予算があるから、住める部屋を探すと、選べる物件は複数あるけど、金持ちの住む高級住宅街の一戸建てなんていう可能性は、ない。
 それを、夢がないというのか、夢があるというのか?
 ただ。
 スピリチアルのその文章を読んでいて、やけに思い出したのが、「ペール・ギュント」だった。
 昔、男闘呼組の岡本健一が主演の舞台を見に行った。
 ペールは、俺はでっかいことをするって、何をするという目的もなく、放浪し。
 結局、何ができた訳でなく。
 人生の終盤に、農夫の葬儀の場面に出会う。
 牧師は言う。
 「彼は、彼自身であった」
 つまり、一人の農夫にすぎなかったけれど、懸命に働いて、農夫としての生き方を全うした、だから、彼は立派だったと称えた。
 ビッグマウスで、何ものにもなれなかったペールに、現実が突きつけられた。
 老いたペールが、故郷に帰ると、そこには老いた恋人が、ペールのことをずっと待っていてくれた。
 そういうお話。

 怖い。
 私自身が。
 とんぼ玉作家。
 ある意味、浮ついた職業だったりする。
 努力はしている。
 ただ、何にも残らないということは、あり得る。
 この頃、収益の効率が悪すぎて、職業と呼んで良いのか、もはや謎。(^^;
 ↑おいおい
 ただ、他にできることもないので、努力は続けます。はい。

 先日、Nスペで、「人類」の話をしていた。
 3回シリーズで、2回目にやっていたのが、クロマニョン人とネアンデルタール人の話。
 クロマニョン人が生き延びて、ネアンデルタール人が滅びたのは、何が違ったのか?
 クロマニョン人は、道具の発明などによって、気候変動を生き延びることができた。
 なぜ、クロマニョン人は、道具を発達させることができたのか?
 ネアンデルタール人と何が違ったのか?
 ネアンデルタール人は、一つの家族の単位で生活していた。日ごろは、他の家族との交流が少なかった。
 クロマニョン人は、複数の家族が集まって、大きな集団で集まって暮らしていた。村のような単位で暮らしていた。
 道具が発明された時、クロマニョン人は、その文化を大勢が共有できたので、そこからさらに発達させられたけれど、ネアンデルタール人は、発明されてもなかなか広く伝わらず、発明された物がしばらく使われては忘れ去られるなどして、なかなか道具が高度に発達することがなかった。
 と考えられているらしい。
 さて、クロマニョン人。
 洞窟の中の壁画に、上半身に動物の皮をかぶったシャーマンが描かれているんだそうだ。
 洞窟の中に描かれた不思議な絵を照らし出す炎、その中で、シャーマンが、儀式を行う。
 そういう神秘体験を共有することで、強固な仲間意識が生まれ、集団を平和に維持できたと考えられているらしい。
 へ~。

 結局、クロマニョン人が生き残ったけれど、ネアンデルタール人との混血もあって、現在のアジア人とヨーロッパ人は、平均して3パーセントほど、ネアンデルタール人の遺伝子を持っているんだそうだ。
 大きな体、白い肌、金髪碧眼。
 これって、いち早く寒冷地適応していたネアンデルタール人の特徴なんだそうだ。

 という訳で。
 人類。
 もともと、神秘体験を共有することで仲間意識を高めて集団を平和に維持して、文化を発達させたのだとしたら。
 人類は、神秘体験がはじめっから大好きだってことになる。
 まあ、そうなんかもね。

 一方で、道具を発達させる部分は、やはり、科学的な合理性が必要なはずで。
 スピリチアルだけでは、科学技術は、発達しない。きっと。

 お守りを信じて、力が湧いて、今日をがんばれるなら、お守りを信じた方が良い。
 リケジョ崩れの、自称科学信奉者の私は、おみくじも引くし、お守りも買うし、お祖母ちゃんが言っていた井戸の神様は尊重する。
 ただ・・・・・・
 「エネルギー」という言葉を、そういうふうに使われると、気持ち悪い。
 「力」という言葉を、そういうふうに使われると、気持ち悪い。
 何か、他に良い言葉って、ないもんだろうか?

 ときどき、そう思う。

 ちょっと前に、出た!と思ったのが、テラヘルツ鉱石。
 最近では、アンダラクリスタルかな。

 クリスタルって、もともと水晶という意味。
 クリスタルガラスは、鉛ガラス。
 クリスタルとクリスタルガラスは、別物。
 さて。
 アンダラクリスタル。
 ガラスです、とは言っている。
 でも、この色があるってことは、クリスタルガラスではない。おそらくソーダガラス。
 天然と言っている。
 でも、鉄発色の色が含まれていないので、天然とは考えにくい。ていうか、違う。
 古代の人が、パワーを得るために埋めたという説さえある。
 でも、ガラスって、出来上がった時の年代を、酸素の同位体の比率で、測定できるんだとか。
 見た感じ、何の工芸材料として作られたガラスなのかも、分かる。
 天然ではないし、古代に埋められたものでもないと思う。
 別に、それを信じて今日をがんばれるなら、そこまで、白黒つける必要性はないのかも知れない。
 信じたい人は、エネルギーを感じ、パワーを感じたら良いと思う。
 ただ、そのエネルギーとかいう物と、パワーとかいう物は、一体何なんかは、あんまり知りたくない。

 その欠片を、天然石を編み込むみたいにマクラメで編み込んだものは、とてもきれい。
 やっぱりなあ。
 ガラスのかけらはキレイ。
 表面にできた、貝のような形の劈開は、えもいわれず、キレイ。
 アンダラクリスタルとやらでなくても、キレイ。
 人は、キレイなものが大好きだ。
 そう、人工オパールとかもね。


by glass-fish | 2018-06-17 01:26 | その他のタワゴト