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とんぼ玉作家ガラスのさかなの「タワゴト日記」

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2010年 08月 15日 ( 1 )

ハマってます

 「ゲゲゲの女房」に。
 何となく、そのときの生活のサイクルと放送時間が合うと、何年か見て、何年か見なくて、また何年か見るみたいな。
 で、ここしばらく、見てたんですが。
 とにかく、おもしろい。

 いちばんハマってたのは、にっちもさっちも行かない貧乏を耐えながら、いつ、貧乏脱出できるんだろうと思ってみていた頃。
 何ぶん、自営業は、いつも不安定。
 漫画を描き続ける、しげるさんの後姿に、いつも何かを感じて見ていました。

 それに。
 しげるさんは、子供の頃、朝起きられなくて、遅刻ばっかり、算数は苦手だったけど、運動は得意だったって。
 そして、高度成長期に、にっちもさっちも行かない貧乏。
 その後、売れて、多忙に。
 今なら、絶対、枠にきっちりはめようという圧力がもっと強いだろうなあ。
 でも、枠にはまらなくても、しげるさんは、彼にしかできないことを、成し遂げたんやもん。
 今どきのあれこれを考えると、痛快な気がします。

 私が育った時期は、既に、ほとんどの国民が、中流意識を持っていて、多くの人は会社などの組織に属して働いていた。
 安定が約束され、その代わり、いつの間にか、敷かれたレールから外れることを、恐れるようになっていた。

 私、そこから、外れました。
 というか、レールの上を走ることが、きつくなってしまったので仕方なかったのですが。
 で、外れた今は、レールの上にはあれ以上いられなかったことはちゃんと納得しつつの、自転車操業で・・・・・・
 食べ物は食べてるから、まあ、良いかくらいの。

 レールから外れた後、母に、とある話を聞いた。
 ↑アクセサリーを組みながら、どうってことのない昔話として
 子供心に、ビッグマウスな感じがいまいち好かんと思っていた伯父の話。
 ↑って、似ているから、嫌なのかい?
 ↑↑根拠なく、向こうっ気が強く、口が悪い伯父なのだが

 既に亡くなった母方の祖父は、農家で鍛冶屋で、牛が好きだった。
 そういえば、牛なんか飼っている家が少なくなってきていた頃に、母の実家には、牛がいた。
 子牛を買って来て、育てて、大きくなったら売る。
 多分、農作業用だと思う。
 たまに遊びに行くと、牛がいて、農業倉庫から勝手口に回って、家に入ろうとすると、嫌でも、前を通らなくてはならず、至近距離で、鼻息がかかりそうになって、子供心に、めちゃ怖かった。
 (TT)

 母に聞いた話というのは、もう少し、時代が溯る。
 母が、まだ成人する前の話。
 祖父が、病気をしていた時期があった。
 その頃、大きくなった牛を売った。
 というか。
 代金を、払ってもらえなかった。
 督促してもダメ。
 祖父は、代金を請求しに、売り先までいけるほど、元気ではない。

 私は、農家の子の割りに、ほとんど手伝ってはいないのだが。
 スイカとか、小さな実ができたら、収穫の目安のために、日付の札をつけていて、収穫の火を心待ちにするのだが、その直前に、鳥にやられたりすると、家族は、がっかりで、切なそうにしていた。ましてや、それが、獣のせいではなくて、人の悪意で、盗まれた日には(状況で分かる)、どれほど、怒っていたことか!
 突然、何の権利もないのに、横取りすんなや!
 スイカ泥棒、最悪!
 スリルを味わうなんて、自慢話する奴、最低!
 と、思って大きくなったんだけど。
 それが、牛一頭ともなると、ホンマに、怒りのレベルはどれほどだったか。

 母には、兄が二人いまして。
 ↑1人は、既に亡くなりましたが
 ↑↑ビックマウスな方は、健在です
 二人で、相手先の家まで出かけた。
 そして、押し問答の結果、牛を取り返し、二人で牛を引いて、歩いて帰ってきた。
 姫路から、小野まで。
 ↑一般道を、車で走ったら、1時間くらいです
 さすがです。
 若気の至り、じゃなかった、若さの勝利です。

 いつも、この話に、勇気付けられます。
 昔、高度成長期の前には、会社員じゃない人の方が、多かった。
 農家を百姓というのは、農業一般から、わらじを作ったり、あらゆることを、自分でしたからだそうで。
 昔の人は、何の枠もない、そして、守ってくれる保証もない、そんな中で、雄雄しく生き抜いていたのでした。

 ま、そんなこんなで。
 子供心に、ビッグマウスと思っていた伯父ですが。
 大人になってから気づきました。
 彼は、家族のために、ホンマに、体を張れる人だったことに。
 ↑牛のエピソードとは、また違う話でね
 一見似ていると思っていたけど、伯父と比べると、私はヘタレです。
 ま、そんなところも似ていると良いんだけどねえ。(^^;

 と、ゲゲゲの女房から、話はそれてしまいましたが。
 なんだか、そういう時代の空気を感じるのです。

 小学校、中学校、高校、大学、会社に就職、健康保険加入、などなど。
 流れに沿っていれば、場所を与えられる、というか、準備された場所に、入っていく。
 保証されるのが、普通。
 不測の事態が起きるはずがないと感じながら、安定が約束されていると信じて生きていく。
 あらゆるキケンは、取り除かれていないといけない。
 バブルの頃には、みんな、そう思って生きているんじゃないかと、思っていた。

 それが、崩壊した。
 みんな、世界が終わったかのように、閉塞間の中に、生きている気がする。
 そりゃ、困るよ。
 仕事をくれって感じ。

 でも、安定が保証されず、不測の事態は起こるものと思って、みんな生きていた時代もあって、そこでは、がんばりようがあった。
 高度成長期の後の、ほとんどの人が、会社員になった時代。
 それは、実は、短い年月に過ぎなかった。
 それ以外の生き方をしていた時代があった。

 ゲゲゲの女房を見ていると、そのことを、強く意識する気がします。
 何か、またがんばれそうな気がする。

 確かに、子供の頃には、井戸にも台所にも、神様がいた。
 大事な水が汚染されることや、火が暴れることを、畏れながら、細心の注意を払って暮らしていた。
 おばばの怖い話のエピソードも、とても懐かしい気がします。

 ま、このごろのしげるさんちは、別荘を買ったりで、置いて行かれている感が、強かったりするんだけど。
 ま、良いか。(^^;
by glass-fish | 2010-08-15 23:18 | その他のタワゴト