人気ブログランキング |

とんぼ玉作家ガラスのさかなの「タワゴト日記」

firegoby.exblog.jp
ブログトップ

2010年 10月 11日 ( 1 )

その手のストーリーだったか・・・・・・

 この頃、よく見るドラマが、医療物とか、刑事物が多い。
 もっとも、一番はまっていたのは、「ゲゲゲの女房」だけど。

 で、特番にも飽きたこの頃、「SPEC」というドラマの一回目を見た。
 ミショウ事件を担当する部署?
 未詳事件だったかな。
 超能力で人を殺したとか、占いで死ぬと予言されたと相談に来ただとか。

 で、それを科学的に、解き明かすのかと思いきや。
 人間の脳は、10%しか使われていない。残りの90%には、どんなスペックが詰まっているのか?みたいなセリフが出てきて。
 ホンマに、超能力物らしい。
 しまった・・・・・・違ったかも。

 超能力物を見ていると、へんなところに突っ込みを入れたくなる。
 そんだけ素早く動いたら、筋肉の消耗激しいやんな。
 それに、多分、消費しているエネルギーも。
 大食らいの設定とか、何か関係あるん?
 でも、脳が進化しても、それに、筋肉の限界って、ついて来てるのん?

 脳の使われていない領域が持っている力だとか、スペックだとか、最近の言葉で説明をしなおされても、時間が止まっているかのように、素早く動ける力だとか、あまりに非現実的なものを持ってくると、どうにも、使い古された、古い超能力物のにおいがしてしまう。

 人間が、その能力を発揮して、今までと違うものになっていくとすれば。
 むしろ、この頃の情報化社会への適応がどこまでできるのか?みたいなところへの興味の方が、ずっと大きくて。
 それは、「スペック」というよりも、人類が積み上げてきたものの上で、人間が、新しい環境を用意されて、新しい「スキル」を身につけることで、今までなかったありようから、変貌するという方向性のほうが、よっぽどおもしろいんだけどなあ。
 今どきの技術の進歩を見ていると。

 人間の脳が、10%ほどしか使われていないっていうけど、そもそも、脳ミソなんて、同時に100%使いきるようなスペックにそもそもできていないんではなかろうか?
 例えは、とんぼ玉を習い始めるとする。
 今まで、こんなに左手を使ったことがない、とか。
 左手と右手、同時に注意を払わないといけない、とか。
 ガラスは、こうすればこうなる、って、観察して、シミュレーションして、次を予測しながら、扱う、とか。
 そういうことを繰り返していると、今まで、絵を描いたり、本を読んだりという、他の趣味では使ってなかった能力が、使われている気がする。
 大昔の人間は、何から何まで、自分たちでやっていたから、自然界の素材を相手にすることが毎日だったはずで。
 その頃使っていた脳ミソを、今の私たちが、眠らせている可能性がある。
 一方で、情報化社会の中で、情報を得て、利用する能力は高くなっているはずだし。
 話し言葉のスピードも、昔より速いらしいし。
 ま、そんないろんな必要な状況に応じて、使う部位を切り替えてるんじゃないのかなあ。
 90%は、その新しい状況への適応のための、余力。
 そう考える方が、人間ってものを見る見方としては、おもしろいと思う。
 それを、今まで知られていなかった能力と繋げるっていう方向性は、上手くもって行かないと、使い古された感のあるものになってしまうかもね。

 と、文句をつけながら、超能力物として、どんな目新しい展開が用意されているのか、確認するためにも、日々、ツッコミを入れながら、とりあえず、もう2~3回は見てみようかなあ。

 でもなあ。
 人間の身体の限界とか、エネルギー保存の法則みたいな基本的な部分とか、そういう縛りの中で描かれるSFの方が、ずっとおもしろいんだけど。
 どうなるんやろ?
by glass-fish | 2010-10-11 00:03 | その他のタワゴト