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とんぼ玉作家ガラスのさかなの「タワゴト日記」

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2018年 04月 14日 ( 1 )

インフォームドコンセントって、何なんなん!?(怒)

 カテゴリに、病院絡みの愚痴みたいなのを追加したほうが良いかも知れん・・・・・・ 
 今朝の星占い、一位だったのは、何だったのか?(笑)
 母と私、星座が一緒なので、どっちも一位でしたが。
 そんな今日、母が不調になり。
 というか、やっぱり病院行っといた方がエエんかなあ?
 くらいの状態に見えて、私のタントで病院に連れて行き。
 病院に着いてから嘔吐し、結果的には、放っておいたらまずいことが起こっていたので、連れて行って正解だったという。
 で、母、入院になりました。
 私の今日一日は、病院で消えました。
 さすがに、救急の受付で、プチと、切れて置きました。
 庶民だって、お仕事で、抜き差しならないことがあるんや。

 余談ですが、母の病室で、弟とケンカしました。
 でも、そのケンカの前に、弟と、意見が一致したことがあります。
 患者家族の拘束時間が長すぎる。
 そして、拘束の理由が、同意のサインだというのが、無意味だと思うという話。
 確かにな。
 先生に説明されて、この処置をしますと言われたら、素人が急に話を聞いて、「いやそれおかしいから待って下さい」とはならない訳で。
 「お任せします」になるのが流れやん。
 ほんなら、処置中、手術中、家族を待たせて、サインを取ることの意味が、本当にあるのだろうか?
 ないと思う。
 ↑言い切ったね

 かつて、スキューバダイビングをやっていた。
 それには、何か事故が起こった時、自分はリスクを分かっていて参加しているため、何かが起こった際には、ダイビングサービスに対して、何ら責任を追及しません的な書面があって。
 そのお決まりの書面にサインしないと、ダイビングをさせてもらえない。
 その書面は、アメリカなどで一般的に使われている物を、日本語訳して日本にそのまま持ち込んだ物だったそうだ。
 その時、仲良しだったダイビングインストラクターがいて。
 数か月ぶりに潜りに行ったら、私のことを待ち構えていたそのインストラクターは、開口一番、私にこう言った。
 「タジカ~!カバの汗って、赤いって、知ってた?」
 「知らん。」
 誰かに言いたくて仕方かなかったそうで、そんな話をまともに聞いてくれるお客は私しかいないとかで、予約した時から、その話をしようと待ち構えていたんだと。
 と、そんな(ってどんなや?)仲良しのインストラクターは、何かの用事で電話で話していた時、ふと、いつもサインをさせられる書面の話題になって、私にこういった。
 「あれは、アメリカの訴訟では有効らしいけど、日本じゃ、本当の訴訟になった時には、役に立たないらしいよ。」
 つまり、私はリスクをすべて理解しているのでっていうくだりが、実際には現実味がなく、本当に事故が起こってしまったときには、あのサインがあるからと言って、ダイビングに連れて行ったガイドが、まったく無罪ってことにはならないんだって。
 「まあね、信用問題もあるから、日本じゃ、一回、事故やったら、ガイドは続けられないと思ってやってる。」
 「ふ~ん。」
 そんな話をした数年後。
 どこの誰だか知らないガイドさんが、日本のどこかで、事故を起こしたとき、スキルが十分でない客に対する注意義務を怠ったということで、結局、責任を問われるという判決が下りた記憶がある。
 ホンマや。
 カバの汗が赤いのも本当だったけど、サインの意味がなんだったのかというのも、本当だった。
 その時、そう思った。
 その時には、そのインストラクターは沖縄を離れていて、名物ガイドだったので、風のうわさは聞いたけど、あれから結局、会ってはいない。

 結局、患者家族も、処置や手術が必ずしも成功でなかった場合でも、常識的範囲で、納得し、手を尽くして下さった先生やスタッフの方にちゃんと感謝できる家族が大半で、一部、そうでないケースがある。
 でもなあ。
 そういった、「そうでないケース」の場合、いくら形を踏んでも、揉めて泥仕合で消耗するリスクは避けがたいだろうと思う。
 で、「そうでないケース」ではない、常識的なケースの場合、形を踏む必要がそもそもないと思う。
 それでやねん。
 ここまで、患者家族の拘束時間が長い、合理的な理由が、正直見当たらない。
 今後、合理的な形に変わって行くものなら、ぜひそうなって欲しいと思う。

 先生から説明をしてもらうことの意味はあると思う。
 お任せでエエやん。
 と、弟は言った。
 お任せはお任せでも、説明を聞いてという機会は、あっていいと思う。
 かかわりが薄ければ薄いほど、医療関係者の方々と、患者家族との距離は遠い。
 ある程度、家族の状況を理解することも、大事なことだし。
 医療関係者の方々と患者家族との距離を、縮めておくことも、双方にメリットがある、大事なことだと思う。
 お互いに、相手が人間で、人格があるという実感の元に、常識的な行動ができるはずだと思うから。
 むかしは、地域の診療所の先生と、患者家族との距離は、もともと、もっと近かった。
 時間外に見てもらうことにも、先生に申し訳ないなあと思う気持ちが、自然とあったはずで。
 でも、今どきは、匿名性の社会になって。
 医療だけでなくて、どこの世界でも、人格のある人扱いっていうのが、できてるのかねえって、そんな時代になってしまった。
 それだけに、単なる「お任せ」って、きっと難しい時代になっているんだと思う。

 でもな。
 なんで、ずっとずっと、とにかくずっと、当たり前みたいに待たされるねん?
 私も、もう限界や!(TT)
 一昨年の8月に、母のシャントトラブルに始まり、父の認知症の急激な悪化。
 父が亡くなり、母が要介護者になり。
 それは、年齢的に、時期なんだと思う。
 私の分が、回って来ているんだと思う。
 でも、その1年と9カ月の間に、救急でちらっとであっただけで名前も覚えていない「先生」を除いて、顔と名前を両方記憶している、新たに出会った「先生」が、両親の分合わせて、今日で22人。
 前から知っていた先生は、そこにカウントされていません。
 もうエエわ!
 ↑これ以上、知らない「先生」に、新たに出会うっていうのは!
 って、4週間前も思った。
 あの時点でのカウントが、20人。
 ああ。
 この家族の負担感。
 何とかあなりませんか?(TT)


by glass-fish | 2018-04-14 00:17 | 日常