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とんぼ玉作家ガラスのさかなの「タワゴト日記」

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2018年 09月 20日 ( 3 )

ストレス、去る

 母のカテーテル処置は、問題なく終わりました。
 ほっ。
 重篤な人のためか、処置後の食事は、食べやすいように、おかずが、一口サイズごとの串刺しです。
 インゲンも、お魚も、カリフラワーとトマトも。
 ご飯は、おにぎり。
 子供か?
 串刺しにだまされて、味付けの薄いおかずも、機嫌よく食べてました。
 今後、毎回、串刺しをオーダーできないかな?(笑)

 スマホも、すぐに復活。
 ホントは格安スマホなので、ダメなはずだけど、アドレス帳が、自動的にバックアップされるようにだけ、設定してもらいました。
 助かるわ。

 私に、平穏が戻って来た。

 40にして惑わず、50にして天命を知る。
 急性期の病院は、先生も看護師さんも、若い。
 ふと、自分が、それよりは、若くないんだなあと思い出す。
 でも、天命は、未だ分かりません。
 まだまだ、修行が足りないんだね。

by glass-fish | 2018-09-20 15:04 | 日常

惑わない日が、来る気がしない・・・・・・

 良い人になろう、とか。
 往生際悪く、人はどっかでそういう風に思う物なのかも知れない。
 でも、無理やな。

 強くなろうと思うけれど、やっぱりストレスは、感じている。
 自分にうそをついたら、話がややこしくなるので、素直に認めてしまおう。

 病院で待たされることに関しては、閾値が下がって来てしまった気がする。
 確かに、入院って、大ごとなんだろうと思う。
 ただ、高齢になると、圧倒的に頻度が上がってくることも、きっと珍しくはない。
 分担すればいいという考え方もあるけれど、なかなか難しいやん。
 全体像を見ている人が、やはり、必要になる。
 何事もね。
 キーパーソンと表現していた病院もあった。
 全体像を把握していない人が、急に説明聞いても、分からんやん。
 ただ、キーパーソンの立場の人、一人に、そこまで求めるのは、非現実的なことも多いやん。
 フリーランスの私にとっては、仕事量を減らさざるを得なくなる訳やん。
 それって、あの人は、仕事量を減らしているから、呼ぶのははばかられるなあって、思われるのは、普通のことのはずで。
 会社員なら、有休無くなる話で、会社での人間関係も、ビミョーなことになりかねない訳やん。
 専業主婦とて、介護の負担、重すぎるのもどうかと思うしなあ。

 介護が始まって、2年余り。
 介護施設の手も借りて、すごく、助けてもらって。
 それでもなかなかって思う。
 例えば。
 今のデイサービスの制度は、使い物にならないと思う。
 9時お迎え、4時半に自宅にお送り。
 フルタイムワーカーだと、全く使えない。
 フリーランスでも、工房が自宅と離れていたら、使えない。
 だから今、小規模多機能を使っている。
 小規模多機能は、長めの時間の預かりができる。
 でも、登録会員数に対して、「通い」の定員が、5割くらいに設定されているので、預けられる日数が限られる。
 今の介護制度は、「専業主婦」か、「老老介護」のリタイヤ組か、そういう人の存在に、依存しないと成立しないと、最近強く思う訳です。
 夜は、自宅に戻って欲しい。
 がんばれば、朝ごはんは、一緒に食べられる。
 そう思っても、現実無理なので、預けっぱなしの特養や終末期医療の病院などに、頼ることになる。
 女性の活躍を大きな声で叫びつつ、現実の制度がこれでは、無理です。
 待機児童の問題と一緒ですね。
 それでいながら、介護は、「在宅」に、大きく舵を切ったと言われている。
 無理だと思う。

 介護を、一対一ですることは、正直、効率の悪いところがある。
 デイサービスのように、一人の介護スタッフが、数人の人を見る比率で預かってもらえたら、そこは効率的。
 でも、勤務時間を考えると、9時お迎え、4時半送りになるので、もっと長時間でと考えたら、スタッフさんが、二交代する必要があると思う。
 それでなくても、介護スタッフの募集が難しい。
 利用者側の負担を増やしてでも、預かってもらわないと、中途半端な時間なら、はじめから、働いている人が使えないんだもんなあ。
 2年の経験値で言う、正直な感想です。

 そして、病院だ。
 待機しないといけない。
 処置の内容によっては、家族の同意の必要な処置があり得るから。
 普通は、余程でないと予定通り幾処置でも、ごく低い確率で、同意がいることがある。
 そういう物をどう考えるか。
 ある程度、もう少し効率化してもらわないと、キーパーソンという位置にいる人の負担が重くなりすぎることはあり得る。
 家族という建前があれば、誰でも良い、同意してほしい。
 それは、ホンマに意味のあることなんやろうか?
 処置を理解できていない人であっても、家族が同意したんだから、良いじゃないかみたいな考え方って、本当のところ、合理性を感じない。
 さりとて、処置を理解しているキーパーソン1人が、それほどの頻度で、待機させられたら、厳しい部分もあるんですよ。
 でも、効率化が行き過ぎて、家族サイドが無関心になり過ぎるのも、きっと良くない。
 当事者意識が薄らいで、丸投げみたいな気持ちになったら。
 病院サイドが、やりきれないだろうと思う。
 丸投げしている人ほど、文句やクレームが多いって聞いたことがある。
 関係が希薄だと、先生や、看護師さんや、介護師さんを、人間として見なくなるというか。
 殺人は、そもそも絶対にいけないけど、亡くなった患者家族への説明をするのがつらかったから、自分の担当の時間に人が死なないように入院患者さんを殺した看護師の子は、その時、まだ、20代だった。
 先生が説明するんやないんやなあ、20代の若い看護師さんに、丸投げしてはったんやなあと思ったし、家族って、言いたい放題やったんやろうか?とも思った。
 まあ、難しいなあと思う。

 ただ。
 病院サイドも、家族なんだからとか、待たしても待たしても、当然みたいなのは、ちょっと勘弁してほしい。
 急性期の病院の先生が、働き過ぎなのは、良く聞く話で、大変なのも分かるけどなあ。
 これほど、同意のために、家族を待たせるというのが普通というのは、もっと変わって欲しいと思う。
 そうでないと、回らなくなる日が来ると思う。
 いろんな意味で、過渡期なんだと思いたい。

 そんなこんなで、待たされることへの閾値は、ダダ下がりな、この頃の私なのだった。
 ああ。
 良い人でいるなんて、無理・・・・・・かも。

 人は経験の生き物なんだと思う。
 いろいろ、思うことがあって、知らない自分に出会えた。
 私って、そんな風に考える人だったのか、とか。
 物の見方が変わって、自分自身の生き方が、ちょっと楽になったとか。
 まあ、経験が無駄になることはきっとない。
 本当にそう思う。

 その上でも、やっぱり思う。
 意味があって待つのは良い。
 でも、無意味に待たされていると思う瞬間、切れそうになるのも、ホンマですよ。
 ↑無意味に待たされていると、思ったってことですが
 その文句は、言って良い物か、悩みますが。
 でも、思うんです。
 待たされている側が、ずっとずっと黙っていたら、きっと病院サイドには伝わらないでしょ。
 病院関係者が、患者家族として、待たされる体験をするまでは、気づかないことになる。
 急性期の病院の先生の平均年齢は、若い。
 看護師さんもかな。
 待たされる体験をする日は、まだ遠そうなんやもん。
 うまく伝わるように、意思表示する手間をかけることも、それなりに必要なんではないだろうか?
 ↑文句言いましたとも
 ↑↑言うたんやね。(^^;

 そう、今日はね。
 防災訓練の日だったんですって。
 間が、悪かったんですね。

 で、良い人でいられなかった自分の現実にも、ちょっとストレス感じました。
 もや。
 っと。(^^;

 あ、今調べたら。
 「四十歳にして惑わずとは、悟りが開け、人生に対しての疑いをいだかなくなったことです。」
 って、書いてある。
 人生に対しての疑いを抱かなくなったのは、ごく最近、10年遅れてますが、私。
 そういう意味では、惑ってはいないのか。
 「五十歳にして天命を知るとは、自分の生涯における使命を見極めたことです。」
 し、使命・・・・・・って。
 見極めてないな、私。(^^;


by glass-fish | 2018-09-20 04:16 | 日常

ピンチ!

 スマホのロックが解除できません。
 PINは、間違ってないのに。
 何かしてしまったんですね、私。

 明日は、病院に詰めねばならず、身動きができません。
 その上、さっき、パソコンがフリーズしたので、一巻の終わりかと、ドキドキしました。
 ホンマに、スマホ、初期化かも知れません。
 困るのは、バックアップした後から追加した連絡先が、消えてることですね。
 まあ、情報なんて、後生大事に抱えていた所で、2度と見るかと言われたら、意外と見てないので、なくてもやっていけるのが、本当のところだろうと思いつつ。
 スマホないと、不自由極まりないです。
 介護施設にも、電話かけられません。
 どこの番号も、分かりません。
 あ、弟のスマホの番号すらわからん、今。
 緊急時というかちょっと手伝いが欲しい時などは、病院に提出した用紙を見せてもらうしかないな。

 しかも。
 母が、入院した途端、ご飯を食べなくなった。
 まずいんですって。
 前にも書きましたが。
 朝ごはんには、卵を焼きます。
 2人分で、小さじ1~2杯の水だけ入れ、オリーブオイルを入れてから焼きます。
 味付けは、塩分が0.6グラムの納豆のタレを、私と半分こで、卵の上からダイレクトにかけます。
 うまそうに食べてます。
 例えば、キュウリ。カリウムを抜かねばならず、塩分を減らしたい。
 薄切りにして、ナイロン袋の中に入れて、砂糖を大匙一杯強くらい入れてシェイクし、冷蔵庫で寝かせて汁が出たら絞って捨て、お酢を入れた後またシェイクして捨て、もう一回お酢を入れます。
 お砂糖とお酢の味のみ。
 ちょっとむせながら、酸っぱそうにしながら食べます。
 基本的には、嫌いな食材はあまり出さないので、良いんでしょうけど。
 塩分を、キリキリと減らしておき、他で食べる分を稼いでおきます。
 まずいと食べないので、母にとって、食事とは呼べない。
 食べなきゃ、食事でもなんでもないです。
 入院初日から、「モチ」を持ち込みたいと、問題発言をし。
 のどに詰めたら危ないので、家族さんがついている時でないとダメと言われました。
 デイルームのトースターで焼いて、納豆のパックについているつゆを持って行ってかけて食べさせようか、売店で売っていた大人のふりかけで、ご飯を食べてもらうか。
 いきなり、問題児な私です。
 回復期の病院では、最初から持ち込みOKです。
 先生もナースさんも、顔ぶれが一緒なので。
 今までの持ち込みが、オドロキはあっても、非常識なものはなく、それなりに効果を上げているし、食中毒になるようなものは持って来ないし、病院がOKしてくれる範囲がどこまでか、心得ていることを、知ってもらえているので。
 でも、急性期の北播磨では、先生がコロコロ転勤になるので、ほぼいつも初めましてです。
 この家族さんの持ち込みは、ホンマに大丈夫なのか?
 基本、最初は信用されてないのは、感じます。
 何か、病院にも慣れてきて、ずうずうしくなる私がいます。
 どこか。
 どうせ先生変るから、ちょっとくらい、嫌われても引かれても、あとくされないかもなあとか、良くない気持ちが湧いてくるのを感じます。
 人って、きっとそんなもんです。
 回復期の病院は、今後もずっとお世話になることになるし、顔ぶれ一緒。
 田舎の人間関係と一緒で、まあ、できるだけお利口さんにしておこうかと思う私がいます。
 で、「モチ」発言。
 北播磨の今回のナースさんたち、割と、こだわらない感じの人たちで、ちょっと助かりました。でも、ほどほどにしとかなきゃ。やっぱり、嫌われて良いことはないですからねえ。

 なんだかんだ言って、自宅は、自由がきくところです。
 嫌いな食べない食材は、無駄なので、はじめから出しません。
 人は、少々偏った食べ物を食べていても、けっこう長生きできるそうですから、食べないくらいなら、好き嫌いは認めようと思うこのごろです。
 ああ、これを、お砂糖とお酢の味を付けたら、食べるんだろうなあとか、ちょっと甘くておやつみたいにしたら、食べるんだろうなあとか、冷蔵庫がないと保存のきかない調味料を持ち込めないことに、やきもきします。
 病院も、何でもかんでも認めるわけには行かないのは良く分かりますし、個別対応は最初から限界があることも、良く分かります。
 それだけに、長居はしたくないなあと、今回も思った。
 カテーテル処置が、順調に行くことを願うばかりです。
 予定通り、早く出で来なくっちゃ。
 また食べない問題と、長期戦うのは、避けたい。
 神様!お父さん!
 って、都合のいい時だけ、他力本願に祈るのだった。


by glass-fish | 2018-09-20 02:17 | 日常