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とんぼ玉作家ガラスのさかなの「タワゴト日記」

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テレビを見ていて、もやっと・・・・・・

 最近、午前中にワイドショーを見る時間、家にいることが多く。 
 母の透析日は、午後一に、母を送り出して、そこから夜まで仕事をしていて。

 ここの所、ワイドショーネタで、もやっとしたのは、体操の暴力とパワハラの話かなあ。
 まず、コーチが、再三、こんな指導(暴力を用いた指導)をしていたら、海外から呼ばれなくなるよと、周囲の人から注意を受けていたらしい。
 コーチと宮川選手の本人が了解していたら、暴力OKって話ではないし、2人の問題ではない。
 例えば、親子間の虐待や、夫婦間のDVでも、それを見せられたことで、見ている人の心にも傷が残るというので、周囲にも迷惑なんだという認識っていうのも、要ると思う。
 そこも、誰か、言って欲しいところですが、そういう表現で、まだ聞かない。

 でも、最初に、コーチの資格無期限停止で、練習場にも出入り禁止、今後は他の指導者を付けるなどの対応をするという、最初の一報を聞いたときに、対応、難しいかもなあっていうのも思った。
 虐待で、親子を引き離す時も、子供は、親といたがる。親にすがる。
 DVがある夫婦でも、「それでも優しいの」と、虐待される側が言う。
 関係を壊すことだけが目的ではないはずで、今の関係のゆがみにお互い気づいて、良くないところは改善するという道もあるだろうし、それでもだめなら歪んだ関係によって不幸になるのなら離れるしかないという可能性もある。
 そういう意味では、暴力を用いた指導でも、簡単に引き離して、他の人を当てがって、はい解決とはいかないんだろうなあって、思った。
 実際、これまで築いて来た関係というのは、けっこう大きいだろうし。
 コーチに対して、きちんと教育をするという方法だってあるしなあ。それも、簡単じゃないだろうけど。
 東京オリンピックまで、時間がないことを思うと、こんな形で、元のコーチと引き離されて、新たな人と、一から信頼関係を作ることも、なかなか難しいだろうと思った。

 それだけに、今回みたいな、無期限資格停止、練習場に出入り禁止なんて、かなりの介入をする以上、相当の覚悟で、介入したんだろうと、私は思っていた。
 もちろん、宮川選手の記者会見での反応も、想定内だろうと思っていた。
 それを踏まえても、彼女にとってより良いケアをするだけの気構えがあっての措置なんだろうと思っていた。

 違ったらしい。

 塚原夫妻の対応のお粗末さが残念だった。
 71歳と70歳の、経験豊富な指導者が。
 18歳の現役選手に、「名誉棄損」なところもあるなんて、対決姿勢を示すなんて。
 おっさん、お粗末すぎ。
 大人社会は、結果責任。
 言った言わないとか、そんな議論じゃない。
 彼女に伝わる言葉を、ちゃんと選べたのか?
 介入したことが、ちゃんと良い結果になって返って来るだけの努力をしたのか?
 結局、選手を一人つぶしてしまう結果になってしまったとしたら、副会長の名折れじゃないのか?

 そもそも、コーチも、選手のため、自分自身のためを考えたら、暴力を用いた指導が、こんな結果になると本当は早く気づいて、改められたら良かったんだろう。

 ま、どんな世界でも、理想的すぎる場所はない。
 私が若い頃施行された「男女雇用機会均等法」があるということは、とりもなおさず、男女の雇用機会が均等であれば、そんな法律は要らない、機会が均等ではないんだよと言う現実があるからこそできたんだよってことだから。
 どんな組織でも、いろいろ、叩けばホコリは出るだろうから、こうだったら良かったは、あくまで理想論。
 ただ、理想論から言うと、自分の対応は、ちょっとどうだったのかなあと、テレビに向かっていえる冷静さがないと、それが、全国放送されてしまうと、カッコ悪いよねえって、思った。

 どっち?
 と言われたら。
 コーチも、お粗末だった。
 そして、安易に介入した塚原夫妻もお粗末だった。

 宮川選手の感じたパワハラも、きっと、何かの真実は含んでいるんだろうな。
 大人もね、けっこう、経験積んでても、未熟だし、バカなんですよ。
 ↑私含む

 塚原夫妻って、本人もすごい選手だったって話で。
 息子さんも、かつて、イケメンの選手だったよねえ。イケメンの息子さんは、現役選手の時、取材を受けていて、体脂肪率3%だったか、7%だったか。
 なので、風邪をひきやすいので、実のおばさん(伯母?叔母?)が、栄養士なので、風邪をひかないように栄養面でのサポートをしているという話が、印象的だった。
 わー、サラブレッド?って、思った。当時。
 実力も、ルックスも、天は二物を与えるんやねえって、思った。

 体脂肪率低すぎたら、やっぱり風邪をひきやすいんやね。
 会社員時代の知人で、トライアスロンをしていたアスリートが、そうだったので、そこ、めっちゃ印象に残っていましたとさ。
 ↑当時、いや、それ以降も、私は風邪をひきにくい人だったもので
 ↑↑そりゃもう、立派なものを蓄えていましたから(^^;

 介入の後のサポートは、やっぱり、足りてないと思う。
 急に指導者を失って、どっちを向いて頑張ったら良いか分からなくて。
 指導者に対しても、情が移っているので、あまりの措置に相手のことも心配。
 自分自身も不安。
 眠れない。
 当然だと思う。
 早く、ちゃんと解決したらいいよね。
 結果はどうあれ、全力でぶつかれる環境を、整えてあげて欲しいです。


by glass-fish | 2018-08-31 11:10 | 日常

梅田で女子会

 久しぶりに、梅田で飲みました。
 めっちゃ、楽しかったです。

 女子会といっても、2人ですけど。
 かつてのロペックスから割と近い、居酒屋さんで。
 このあたりは、大阪駅周辺と違って、お店は変わっていても、街の作りはあの頃のままで、懐かしかったです。

 ああ、あのころから、間もなく24年が経とうとしている。
 そんな感慨とともに、楽しく飲んで来ました。
 でもきっと、年は重ねても、人って、心の中は、経験値でちょっと賢くなれても、そんなに変わらないものなのかも。
 ふと、そう思いました。

by glass-fish | 2018-08-26 22:00 | 日常

こ・・・怖い

 何か、風が強くなって来て、私の部屋は、結構古い木造のため、時々、強い風が吹いたら、ちょっと揺れてます。😰
 窓は、飛散防止フィルム、貼ったし、工房の窓は、板を打ち付けて来たんですが・・・
 早く、通り過ぎて欲しい・・・

by glass-fish | 2018-08-23 23:53 | 日常

あいあいあい

 おサルさんじゃありません。(^^;

 いつのころからか、ランちゃんの散歩が夜になりました。
 両親が元気だった頃、夏場の散歩は、日没前後だったのですが。
 まあ、この頃、昼間は暑くて命がけになるので、夜でちょうど良いのですが。

 そんなこんなで。
 星を見るようになりました。
 ちょっと前に書いたブログでは、ペルセウス流星群なんて書いた流れで。
 ふと、あれ、今日何日だったっけと思ったのが、12日の20時ごろ。
 スマホに話しかける。
 「ペルセウス流星群」
 一瞬、ペルーとか表示した後、ペルセウス流星群と表示された。
 こういう、マッチングのプログラムって、どうやって作ってあるんだろうなあと、ふと、昔のくせで考えるリケジョ崩れである。
 あ、極大が、13日の10時。
 つまり、地球の裏側ではだめだけど(ペルセウス座が見える北半球でないとダメ)、緯度が一緒くらいで時差が12時間くらいある地域では、日本では午前10時くらい、現地では夜の10時くらいに当たるエリアで見上げると、一番流星が飛んでいる時間になる。
 彗星の落とした塵の一番濃いところを通過する時間なのだ。
 日本では、13日の未明くらいが、一番見えるとか。
 あ、間に合った。
 気づいて良かった、もう、数時間後やん。

 という訳で。
 お空を見上げる。
 雲が時々かかりつつ、まあ、見えそう。
 日々、星座の位置は確認済で、どの辺やったっけみたいなブランク感はない。
 雲でペルセウス座が見えにくくても、どこだか分かる。
 よしよし。

 一つ目は、ランの散歩の直後に見上げた時に、一つ。
 ペルセウス座から、ちょっと南寄りのところを、西から東へ飛んだ。

 うだうだと他のことをして、日付が変わってからまた外に出てお空を見上げる。
 次のは、ペルセウス座よりもカシオペア座に寄ったあたりを、北から南に飛んだ。大体、一等級かな。
 見上げつつ、体勢をこまめに変える。
 ほら、首の血管で、血栓で来ても嫌やし。
 北向きに、天頂辺りを見上げていると。
 ペガサスの四辺形の端っこあたりから、南東に大きなのが飛んだ。
 多分、マイナス一等級どころじゃない。
 大きい。
 うわ。
 願い事、できたのに。

 高校生の頃、天文部の子達で、良く言っていた。
 「金金金、くれくれくれ」
 これで、3回行けるかも。
 そこは関西人である。
 本気で、流れた時に、けっこうみんなが、言ってみた物である。
 「金金金・・・・・あっ」
 ↑間に合わなかったっていういみの、あっです
 「金金・・・・・あっ、東へ、2等級」
 「金金金・・・・・あっ、天頂から北へ、マイナス1等級」
 小野高のグランドの高鉄棒の傍だったかに出しっぱなしになっていた、緑色のマットの上に寝転びながら。
 なかなか。
 それほどの時間はない。

 後になって、さっきの大きな流星の時間を思い出しつつ。
 「あいあいあい」とか。
 おサルさんじゃないよ。
 どっかに、落ちてないですか?私の分。
 ローマ字表記したら、昨今話題の他のワードの検索で、私のアホな日記が引き上がって来たらなんて、これまたアホな心配をして、平かな表記にしてみたよ。
 でもな。
 理論上は、雲や光害や観測者の視力などによって、どこまで見えるかは変わって来るけど、小さいのなら、絶えず飛んでいるであろうから。
 ずっと、「あいあいあいあいあいあいあいあい」とか、「かねかねかねかねかねかねかねかね」とか言い続けていたら、どこかのには、願いをかけたことにならないのか?
 とか。
 またまたまた、アホなことを考える、かつて天文少女なのであった。

 それにしても、久しぶりにこんなに大きな流星見ました。

 そんなこんなで。
 あと一個見たら、寝ようってことにして。
 最後に、1等級から2等級くらいのを見て、家に入ると。
 ランちゃんが、何事?って顔で、私を見た。
 うん。
 見たで、大きいのん。
 この頃、天文付く、かつての天文少女、今は、天文オバなのであった。

 でも、これを書きつつ。
 空が暗い間は、極大に向かっている以上、飛ぶ確率は、さっきより今の方が高いんだなあと思うと、また、庭に出ようかとか考えてしまうのでした。
 どうしよう。(^^;

by glass-fish | 2018-08-13 01:22 | 日常

極悪人と呼ばれようとも

 過激なタイトルにしてみました。(^^)

 父の初盆です。
 日ごろから、あまり、ちゃんとお供えとかしてなくてゴメンよ。
 7月の父の誕生日には、桃を1個、お供えしたけど。

 初盆なので、いろんな方が、父にお供えを持って来て下さいます。
 親戚、父の同級生、ご近所さん。
 今どきなので、お供えをいただいた後、洗剤をその場でお返しする。
 あとで、お供えを分けた物を配ったりすることもありますが、洗剤をお返ししているので、必ずしも分けて配らなくても良いんですって。
 こういうしきたりって、分からなくて困ります。
 母も、頼りにできなくなってきてるし。
 母が頼りにならない時に、めっちゃ頼りにしていた叔母(父の妹)は、父より先に亡くなってしまったし。
 で、また、誰か家にいればいいんですけど、いない時もあって、すれ違ったりして。
 で、弟か義妹がいない時は、私が受け取って、お礼を言って、洗剤をお返しする。

 お供えを持って来て下さった方に、玄関で、必ず聞かれます。
 「どの子?」
 玄関には、2人の甥の、中学くらいの頃の野球チームで撮った集合写真が飾ってあります。
 ちゃんとプロに撮ってもらって、大きく伸ばして、シンプルな額縁に入れてある。
 「あ、そっちお兄ちゃんの方で、今回、高校野球をしてたのは弟で、こっちの、あれ?どこに写っとったっけ。あ、これこれ、この子です。」
 「いや~、惜しかったなあ。エエ試合やったんやろ。」
 「そうなんです。西兵庫代表になった、あの明石商業を相手に、後半までリードしとって、9回で追いつかれて、10回延長まで粘ったんですけど。」
 「出とったったんやんな。」
 「はい、2年ながら、スタメンでショートなんです。もうね、甲子園、目の前にぶらさがっとったくらいの気持ちでしたからねえ。」
 「見に行ったったんやろ。」
 「いや、まあああ。」
 と、そんな会話を、ご近所さんと。
 そして、従姉と、叔母と。

 ちなみに、小野教室の生徒さんで、西脇市だったかに会社がある生徒さんによると、小野高の出身じゃなくても、縁者が通っている訳でなくても、浮足立って、試合が気になって、「アカン、仕事なんかしとられへん」っていうんで、みんなで仕事止めて、試合の成り行きを見守ったんですって。
 そうそう。
 動物病院でも、自動車屋さんでも、チェックしてはって、みんな言われた。
 介護施設の看護師さんにも、母、言われたんですって。
 弟によると、甥の自転車のメンテに行った自転車屋さんでも。
 「この子やんな」
 「あ、これは自転車ですけど。(持ち主です、高校野球してるのは)」
 って、知っている人には、みんなに言われると言ってました。

 生徒さんの言葉を借りれば。
 「まあ、都会の人とは、温度差があると思いますけどね。」
 「まあな。」
 最近では、中学の内からの熾烈な青田買いをやめようという取り決めができて以来、私学に強い子が圧倒的に集まる状況ではなくなったため、強い子は、県外に流出することも多くなり(北海道の駒大苫小牧に行った田中マー君等)、最近は、兵庫県では、公立の高校が勝ち上がることができるようになった。らしい。(レッカーのお兄さん談)
 ある意味、分散して、小粒の闘いになったと言われているんだそうだ。
 そう、地元公立校が、甲子園なんて、兵庫県に置いては、夢のまた夢だったのだ。
 以前なら、報徳、東洋大姫路、滝川、育英等々、大体、野球に力の入った私学が行っていた。その壁が厚すぎて、公立が甲子園なんて、なかった。
 今年は、西兵庫大会の16強が出そろった時点で、全て、公立だったらしい。
 田舎では、例えば、旧北播学区一つとっても、三木市民なら、神戸の私学には通えたかもしれない。でも多くは、通学時間の制約もあって、北播学区の子は、北播学区の高校に行く。
 社高校が、甲子園に出たら、本人が、親戚が、友達が、社高校出身で。
 社高校が甲子園に出た時は、異様な盛り上がりでしたとも。(黒田庄町出身で、社高校OBのトータス松本も、メッセージ寄せてたそうで)
 三木も、西脇工業も、その後に続いたけど。
 加古川北(おとなりの旧東播学区だったっけ?)が出ても、やっぱり、つい応援した。
 そんな訳で。
 自分の甥が、スタメンショートで(分かった分かった)レギュラーで試合に出た私が盛り上がるのは当然として。
 後から、気づいてみれば、周囲の人もみんな、「すわ甲子園か?」ぐらいに熱くなっていたことに、気づいてしまった。
 準々決勝と準決勝の日は、休日ではなかったので、弟、休みをあらかじめ申請していた?いや、まさかそこまで根回し良くないよねえとか思っていたら。
 社長が、「そら行ったらなアカンやろ」と、あっさりとお休みをくれたそうで。まあ、北播エリアに置いて、これで渋ったら、「ケツの穴のこんまいオッサン」認定をいただいていたことは間違いないやろうなって、思った。というか、ホンマに、当然って感じで休みくれたって。
 準々決勝のスタンドに詰めかけた人々、リタイアくらいの年齢のおっちゃんたちもいたけど、現役世代の人もいて、父兄はあのオレンジ色のを着て力入っている塊なので、その周囲で見ている現役世代の人は、父兄じゃないってことになるんですけど・・・・・・お休み取って来たんですか?みたいな。
 みんな、熱くなって、思いを共有していた。
 ああ、死んだ父にも、見せてやりたかった。
 あと、3年。
 3年病気の進行が遅かったら、軽い認知があっても、甥の試合を見せてやれたのに。
 そう思うと、ちょっと切ない。

 でもきっと、そういうことが、人が生きて行くうえでのエネルギー源になるんだと思う。
 そんなことで、いろんな人と共感できて、心がつながれる。
 そういうのが、きっと幸せっていうんだと思う。

 後悔した。
 何を捨てても見に行かなかったことを。
 大きな声で、長い人生、今この一瞬に置いては、甥の試合以上に大事なものなどなにもある物か!
 と、強く言いきれなかった、ヘタレな私に対する怒りと後悔である。

 そう、仕事を捨ててまで行くことに、極悪人と呼ばれても、オバは、極悪人になるべきであった。
 しまった。
 変に、良い人でいようとして、一生の後悔を残したかもしれない。

 2度とない、準決勝だっただろう。
 来年があって、どんな結果だろうと、今年は、一度きりなのだ。

 ま、甥の高校野球に熱くなれるのも、あと一年。
 とりあえず、まだ、一年あって、良かった。
 来年は、一回戦から見に行こうと思います。
 甥、今年のピッチャー(先輩の正中くん)と比べると、球速がそこまで早くないと弟が言っていた。コントロールで勝負なんだそうで。
 あ、そうそう。
 来年は、エースです。
 ↑きっちり、自慢しとるし(^^;
 というか、ピッチャー、また一人しかいないチームで戦うんですって。
 いやいや、そういう意味では、今年、ピッチャー正中くん一人で、ホンマに頑張ったよね。
 高校野球は、ある意味、プロまではいかない球児たちの集大成じゃないですか。
 甥も本気やけど、他のチームの他の子達もみんな本気。
 それだけに、一勝だって、簡単じゃないのが高校野球です。
 やっぱり、甥が公式戦で投げるのをちゃんと見たいので、来年は、一回戦から見に行きます。
 うん。

 そのためになら、私は、悪になる!


by glass-fish | 2018-08-12 17:08 | とんぼ玉教室

コミュニケーション

 高砂市で開催されている椎葉佳子先生の硝子ジュエリー展に行って来ました。
 在廊される最終日の午後に、スケジュールが空いたので、急ぎお出かけ。

 こんなに赤裸々に書いていて良いのか?って話もあるのですが。
 実は、前回、2年前ですが、とあることで、ちょっと腐っていまして・・・・・・
 椎葉先生とギャラリーの谷名さんに愚痴ってしまい、大変ご迷惑をおかけしました。
 その辺は、ちょっと吹っ切れて行けたと思います。
 吹っ切れたとは言いつつ、吹っ切れた後の作品作りがまだなので、ホンマの解決というか、ホンマの意味での自分の答えは、まだ形にしてない。

 何で腐っていたのか?
 作った物を売る際に、自分自身の物もそうなんですけど、他の方も含めて。
 何故売る時に、こんなに苦戦しているのか?
 自分はともかく、他の力のある作家さんの作品も、そうらしい。
 まあ、不景気ですからね。
 20年以上やって来て、というか、ここ2年は、モラトリアムなことになっている気もしますけど。
 不景気を言い訳にはすまいと、ずっと思ってきたけど。
 とんぼ玉に限らず、いろいろ、現実は厳しいことになっていて。

 で、この2年、なんだか止まっていたような気もしつつ、それでいながら、何かの時にいろいろ考えることもあったりして。
 思うようになったんです。
 お客様だったり、プレゼントしようと思うお友達だったり、どんな形でも、作品の向こうに誰か人がいる限り、結局は、コミュニケーションなんだろうなあって。
 漠然と、2年前に腐っていた答、言葉にすれば、そういうことなんだと思います。
 内容的には、いろんな人が言ってきたことで、新しさはないのかなって気がしてきましたが・・・・・・

 例えば、作品の向こうにいる人が、何を求めているのか?
 それを市場調査みたいに、どんなのが欲しいですか?って聞いて、希望通りに作るのか。
 違うよね、きっと。
 それでも、何か心に響くものを形にする何らかの努力はいる。
 ↑ああ、言いつくされた陳腐な内容だという気もして来た
 じゃ、現実的に、何をどうするのん?ってことになる。
 ま、それが分かれば、苦労はしないですけどね。

 椎葉先生は、作品の向こうにいる誰かとのコミュニケーションをきっと大事にされているんだろうなあと、今回も思って拝見しました。
 それから、「ギャラリー集」は、移転して、めっちゃ良い感じになっていました。
 前の時も、良い空間だなあと思ったのですが。
 新しいのは、ほんとに居ついてしまいそうな空間です。
 非日常をくれる。
 会期は、日曜日までです。
 興味のある方は、ぜひ、お出かけくださいね。
 ギャラリー集 〒676-0805高砂市米田町米田372-4
 黒の倉庫風建物と書かれていますが、キューブっぽいおしゃれな住宅みたいな感じで、前に駐車場があって、玄関のところに看板が出てます。
 8月4日~12日 11時~18時。

 と、ここで、話は横道にそれて、そのまま戻ってこない方向に行こうとしている。(^^;
 コミュニケーション。
 どんなのが欲しいですか?って、具体的に聞く。
 で、聞いたままに作るのか?
 で、ビッグデータの話を思い出すのです。
 世間の人の行動や好みを、データとして集めてくる。
 スマホのアプリや、検索システムのワード、監視カメラなどの人の流れそのもの。
 そこから、世間の人の好みを見つけて、未来に流行るトレンドを集めて来よう。
 この話、ちょっと、考えてしまいます。
 個人情報を勝手に吸い上げて、そこのモラルがなんていう方向性の問題は、今回はどなたかにお任せするとして。
 その手法そのものに関する疑問。
 この頃。
 服を買おうとして、著しく不満が溜まる私です。
 実は、というか、実はでもなくてバレバレかもしれませんが。
 糖質制限で、Mサイズが入るようになって、あ、この頃油断してややリバウンドしてますが。
 服を買うのが楽しくて仕方なかったんです。
 でも、この頃は、不満が。

 いつまで、カーキとネイビーばっかり売っとるんや!!!
 もう飽きた。
 勘弁して。
 赤みの効いた上品なブラウンとか、ちょっと締まった感のある濃いグリーンとか。
 シックなので着やすいけど、カーキでもネイビーでもない、おしゃれな色って、あるやろ!
 この感じ。
 まさか、市場調査に頼って、世間の人の動向に引きずられ過ぎて、世間はネイビーとカーキが好まれているとか、寝ぼけたデータをもとに、次のトレンドを予測した結果じゃないでしょうね?
 世間の人が、そればっかり来ているのは、それしか売ってないからや。
 はよ、他の色、出せ!
 ああ、どんどん口が悪くなる。
 ホンマに、最近、心底飽きた。
 ネイビーとカーキ以外の色を売って欲しい。
 地元のイオンかユニクロで済ませようとするから、こんな羽目になるのか?
 でも、GAPも、似たようなもんでした。

 そう、ビッグデータの予測。
 それって、閉じられた有限の空間のデータを、際限なく再利用してしまう結果になりかねないと思うんです。
 今まで知られている物の内側の物しか予測できない。
 そのデータをもとに分析し、その結果から、データを取った有限な空間の外側にある答に結び付けて行ける力、それこそが、真の創造性なんじゃないのかなあと思うんですよね。

 そこやな。
 言い尽くされた議論の、言い尽くされた答えのような気もしますが。
 何を求めているのかと聞かれても、明確に答えられないけれど、この世にない物で、目の前に示されたら、見た人の心がちゃんと心が震える何か。
 それを探すこと。
 それが、答なんだろうなあと思います。

 っていうか。
 またまた、話を大きくして。
 そんなもの、見つけられるんでしょうか?
 いやはや。(^^;


by glass-fish | 2018-08-08 04:51 | とんぼ玉・ガラス

真善美って、そういうことか

 ちょっと前に、3冊ほど、本を読みました。
 中野信子さんの「サイコパス」と「シャーデンフロイデ」。
 ビジネス書大賞2018準大賞と帯に書かれていた、「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」。

 サイコパスでは、「共感」というものがそもそも苦手な人がいて・・・・・という、日常的に身近にいるサイコパスの話。
 シャーデンフロイデは、脳は、他人の不幸を喜ぶという側面を持っているという話。
 ま、どっちも、途中で迷走を始めて、論点がずれて行っている感じはしたのですが、そのずれている部分は、また違う話として参考になることもあって、ふ~~~んって、思ったりもして。

 でも、サイコパスと安易に括らなくても、人間が、困った方向にずれておかしくなっていくことは、本来の人間が持っている正常に働いたら自分を守るための仕組みが、いろんな要因で、困った個性を作り出してしまうという説明がちゃんとできるはずなんじゃないかなあと思ってしまった。
 自分を守ろうとするあまり、正常な判断ができなかったり、自己評価が低いため被害妄想的な判断しかできなくなったり、その結果、過剰な防衛が、許されない範囲の他者への攻撃になったり。
 あの人、変なんよと括ってしまっても良い訳なんでしょうけど。
 もう一歩踏み込むことで、自分自身を省みて、ああ気を付けようと思うきっかけになったり。

 そしてシャーデンフロイデの面白いところは、真ん中あたり、本題からずれている。
 集団の内輪の常識は、世間の非常識みたいなことがやけに噴き出してきている昨今の話題にぴったりで、それが、アメフト危険タックル問題の背景にどういう人間の行動があったのかを説明する様な内容だったり。集団のルールの中で、人間がいかに残酷になれるかとか、そういうところが書かれていて、やけにタイムリーだと思った。

 そして、最後の「なぜ世界のエリートは「美意識」を鍛えるのか?」と言う本。
 中野信子さんの本が、人の行動の説明が、なんだかなあ、どこか安易な気がするなあと思って読んでいたんですが、こっちの本の方が、ちょっと前に話題になった困った人の行動をうまく説明していた。
 そうやんな。
 普通の感覚で言えば、科学の世界の「真理」や「法則」に、ごまかしや嘘をさしはさんでも、確実に後から覆されることは、普通に考えたら分かるだろうにと思うんだけど。まあ、その場にいたら、違う判断になってしまうんかも知れへんなあとも思った。

 自分で書いていても、一人納得して書いているので、何を言いたいのか分からない文章になっている気がしますけど。

 3冊目の本に、「真善美」という言葉が出て来ます。
 これは、AI関連の本を読んだときにさらっと触れられていたワードで、唐突過ぎて、あまり説明がしてなくて、良く分からなかったんですけど、この本で、やっと納得しました。
 論理思考というものが、まだ行きわたってなかった頃は、論理思考で考える人が少なかったため、他より優位になるために、役に立つものだった。
 ところが、論理思考で考える人が増えてくると、結果が横並びになって、他より優位に立つためにはそれでは足りなくなって来た。しかも、論理的に考えられるものと言うのは、言語化しやすい、または数値化しやすい対象しか含めないという弱点も見えてきた。
 そこで、人間の脳が、何となく「真実な気がする」「良い気がする」「美しいと思う」という、感覚的な判断が、実は言語化しにくいけれど、何か、根拠があってそう感じているはずで、その「真善美」の感覚を、意思決定に持ち込んだ方が、より良い決定ができるんではないかと言う話になっているんだそうだ。

 例えば、激しい言葉を投げかけられた時。
 意外と、平気な時もあれば、激しく傷つくこともある。
 実際、激しい言葉を投げかけた、あの人とあの人は、何が違ったんだろう?
 そんな風に、ふと思ったとき。
 日差しが強くて、すごく暑い駐車場を歩いていた時。
 ふと、ひらめきが来た。
 「あ、そもそものその言葉の後ろに、『真善美』が含まれていたかどうかなんやなあ。」
 本当は、激しい言葉など、投げかけないに越したことはない。
 だからこそ、『真善美』が背後にあったあの人には、激しい言葉を投げかけるような習慣は、ぜひやめて欲しいなあと思ったりした。
 実は、それはそれは大勢お世話になったお医者さんの一人で、そういう人がいた。
 インフォームドコンセントって、家族の同意を得たという形が必要な訳で。
 どっちが良いか、選択肢を示されたとき、そうは言っても良く分からない。
 こっちってどうなん?と思って質問した途端、切れ始めた。
 後から考えると、先生の中では、結論ありきだったんだなあと思う。
 質問の内容が、先生が良いと思っていない選択肢の方に、関わることだったから。
 もう一つの結論を、当然こっちを選択すべきだと、考えていたんだろうと思う。
 すんごく、話が咬みあわず、訳が分からない。
 ただ、徐々に分かって来た。
 自分が思うとおりでないと気が済まない人なんだなあ。
 ただ、その結論が、患者さんにとってベストであるべきと言う完璧主義から来ている。
 保身とか、自分の印象を良くしようとか、そういう発想って、ないんですかね?
 母に、過去にされた処置がその時点でもベストな判断とは思えなかったらしく、そこをねちねちと言い始めたんですけど、それって、私が責められることなんでしょうかね?って、思って聞いていた。
 そもそも、あの時、もっと違う説明をされた。
 「なんで?」とか、やたら拘る。
 心の中で、それは、前に処置した先生の技術が、アナタの技術より劣っていたからじゃないんでしょうか?って、心の中で返していた。
 口に出したら、めんどくさい。
 その次に、はっと気づいたように、「過ぎたことを言ってもしょうがないか」とか、ぼそっとつぶやいた。
 ふ~ん。
 自分のことを見ているもうひとりの自分がちゃんといるんやね。
 患者家族の不備は、やたら突いてくる。
 でも、患者本人に対しては、ベストな選択をしようと夢中になっている。
 これもある意味、典型的な職人気質で理系君なんやなあ。
 でも、もうちょっと、コミュニケーションのあり方、考えた方が良いと思う。
 なぜなら、もう一人の自分が見ている以上、そして、自分自身の状況を分析できるだけの高い知性を持ち合わせている以上、それができるはずだから。まだまだ、若いし。
 その方が、本人んも、周囲の人も、もちろん患者さんも、患者家族も、全ての人が豊かなものを分け合えるはずだから。
 でもな。
 この先生、嫌いじゃなかったです。
 今も、この先生が処置してくださったところは、快調です。
 きっと、母にも良かったと思う。
 それに、患者本人、つまり母ですけど、には、とても優しかったのですよ。
 あ、私、当たられ損?(^^;
 一方。
 あまり詳しくは書きません。
 激しい言葉を投げつけられて、実は、酷く傷つきました。
 あれは、人として、まずいと思う。もちろん、悪い印象しか残ってない。
 ひどく傷ついて、ふと、先生のことを思い出し、やっぱり、ダメなんやと思うって、思った。
 でも、ふと気づいた。
 そうか。
 その背景に、「真善美」が、ちゃんとあったのか、そうでなかったのか。
 そこが、違ったんだって。
 ゴメン、先生、一緒くたにしました。
 似ていて、非なる物でした。
 なんか、処置をして、経過を見て、最後に診察があってという一連の中での、先生とのやり取りを思い出していた。
 時々、会話の中で、もう一人の自分が、ひょこっと顔を出すんですよ。
 けっこう、かわいいヤツだと思った。
 何か、懐かしくて、ふと、癒された気がしました。
 ほんと、お世話になったなあ。元気でいはるかなあ。

 そうだよね。
 何かあった時。
 そこに「真善美」はあったのか?
 自分の判断にも、ちゃんと、問いかけようと思った。
 だってさ。
 もう若くないし。
 なんか、ホンマに大事なことのために、自分の時間は使いたい。
 そう思うこのごろです。


by glass-fish | 2018-08-03 16:05 | 日常